”南米の精霊師”シャーマンに会いに行こう!

”南米の精霊師”「シャーマン」の噂を耳にしたのは、僕がヨーロッパにいた頃だ。

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それは去年の11月。スキーの仕事の関係で知り合いになったコーチからリフトの上で教えてもらった。

 

...

「南米の精霊師、シャーマンって知ってる?」

 

彼とは、ずっと旅をしている僕に興味を持って、すごくたくさんの話をした。

 

まず、「シャーマンとは?」というところ。

wikiによると、

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シャーマニズムあるいはシャマニズムとは、シャーマン(巫師・祈祷師)の能力により成立している宗教や宗教現象の総称であり、宗教学、民俗学、人類学(宗教人類学、文化人類学)等々で用いられている用語・概念である。巫術(ふじゅつ)などと表記されることもある。

 

 

全然意味が分からない。

 

ヨーロッパでは、フワフワとした情報だったが、南米までの道のりで色んな旅人に出会い、噂を集めていった結果、こんなシャーマン像が浮かび上がった。

 

【”南米の精霊師”シャーマン って何者?】

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・はるか昔から南米には「〜族」がたくさんいる→「族」は儀式をとても大切にする fx)成人の儀式 →その儀式の一環で、「族」の未来を占いや精霊を用いて読み取る一族が「シャーマン」

 

・つまり”シャーマン”とは「占い師」職業。

 

・代々シャーマンは、シャーマン同士で結婚し、その子供も立派なシャーマンになるそう。

 

・シャーマンは、アマゾン川を1週間ほどくだった”サンフランシスコ村”という地域に生息している

 

・シャーマンは「アヤワスカ」という南米に生えている植物を用いて儀式をし、未来を読む

 

ということ。

旅をして、旅人に会うたびに「シャーマン」の話を聞いていたので、どこまでが本当でどこからが嘘なのか、そのボーダーは分かっていない。

 

ちなみに今まで会った旅人の中で、ひとりとて、「シャーマンの儀式」をしたものはいなかった。

 

 

そんなこんなで、僕は「南米に行ったら、シャーマンに会ってみたい!」と強く思い始めた。

 

 

ちなみに、これを読んでいる読者の皆さんはひとつ、気になることがあるだろう。

 

僕はシャーマンの儀式をし、

いわば「シャーマン」だ。だから、読者のあなたの心をひとつ読むことができる。

 

今あなたはこう思ってるはずだ。

 

 

 

 

 

「”アヤワスカ”って何だよ」と。

 

【”南米の精霊師”シャーマンの道具、”アヤワスカ”とは?】

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アヤワスカケチュア語: Ayahuasca、Ayawaska)は、南アメリカアマゾン川流域に自生するキントラノオ科のつる植物バニステリオプシス・カーピ(Banisteriopsis caapi、以下カーピ)のこと。または、カーピに、ジメチルトリプタミン (DMT) を含む植物プシコトリア・ウィリディス(Psychotria viridis、チャクルーナ)やディプロプテリス・カブレラナ(Diplopterys cabrerana、チャリポンガ)を加え、煮出して作られた向精神性の飲料。

 

服飲すると、嘔吐を伴う強力な幻覚作用をもたらす。主にアマゾン西部の先住民族シャーマニズムの儀式や民間療法、宗教儀式などに用いる。

 

...シャーマンの説明より分からん。

 

ただ大切なのは、後半の説明。

 

 

服飲すると、嘔吐を伴う強力な幻覚作用をもたらす。主にアマゾン西部の先住民族シャーマニズムの儀式や民間療法、宗教儀式などに用いる。

 

これさえ押さえておけば、バッチシだし、

僕から言わせると、この説明は的確すぎる。以下も自分の足で仕入れた情報だが、実際にシャーマンに出会うまで、それが本当のことなのか分からなかった。

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アヤワスカとは...

 

アヤワスカとは100%植物

 

LSDというドラッグの20倍の幻覚作用がある

 

・しかし中毒性がないため、「コカの葉」同様、南米では合法

 

・シャーマンは「アヤワスカ」を用いて儀式をし、占い、前世、未来、宇宙の神秘などを見せることが出来る。

 

 

ちなみに、南米の人は皆「アヤワスカ」、「シャーマン」という言葉を知っていて、なぜか恐れているようだった。

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日本でいう「ヤクザ」的な、決して遠くないけど、近い。そして、その響きが恐ろしい。ような感じだ。

 

僕はそんなシャーマンにどうしても会いたかった。

というのも、この時 この旅史上最も「悩んでいた」からだ。僕がマチュピチュを登り、クスコの町に帰ってきたのは、1月後半、2月頭。

 

3月には帰るので、旅の終わりが見え始めた頃だ。

 

この時、かろうじてネギがいたので、

ホームシックを少し忘れていたが、ふと1人になると心が押し潰れそうになる。

 

サンフランシスコで忘れてるはずであった「忘れられない人」のこともあったし、

帰国後に待ち受ける”就職活動”、孤独との戦い等々、実を言うとこの先の未来が不安で不安で仕方なかった。

 

 

そもそも、自分は旅を終えたあと、

「どこに帰ればいいのだろう?」と悩み続けた。

僕の家族は、「家族」であって、「家族」でない。家とは、名ばかりで、どこに帰ればいいのか分からなかった。

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-旅に出たなら、帰るべき場所が必要だ。

 

でないと、「旅」を終わらせることができないからな-

 

つまり僕は、飛び出したはいいが、どこに帰ればいいのか、この時 本気で分かっていなかった。

 

そんな、狂ってしまった「コンパス」を直すためにも、シャーマンの力が必要だった。

 

クスコに滞在している時、ある”噂”が耳に入ってきた。

「いま、サンフランシスコ村から伝説のシャーマンがやって来ている」と。

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実を言うと「シャーマン」の儀式、

そんな安易なものではなく、アヤワスカの力が強すぎて、死んでしまう者、シャーマンが偽物でレイプされてしまう者もいる。

 

そのシャーマンが、本物かどうか、

信頼できるかどうかは、貴方次第で、あんまりナメて掛からない方がいい。

 

このブログでは、書かないが、

僕らはシャーマンと関わっている旅行代理店を噂を頼りに見つけ、実際にシャーマンの儀式に参加することに...

 

 

ついに、「シャーマン」になれる。

ラオスではゾウ使い、

エジプトでは、ダイビングライセンス、

モロッコで、星の王子様になり、

カリブの海を旅して海賊に。

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そして、ついに「シャーマン」。

やっぱり、初めて飛び込む世界は、

「不安」と「期待」が常にセットだ。

 

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まず、シャーマンの儀式は丸2日間、

食べ物を食べることが出来ない。

それどころか、塩水をMax20杯飲まされ、

体の中をデトックスする。どうやら、この塩水がすでにパワーを与えてくれるとか...

 

最初に言っておくが、「うさんくさい」という固定観念を捨ててみよう(笑)

すると、ものすごいストーリーに感じるから。(笑)誰も「ドラクエ」を胡散臭いという目でプレイしないでしょ、そんな感じ。笑

 

そして、シャーマンの儀式の注意事項。

儀式を終えて1週間は精神状態が不安定なので、以下のことは禁止されている。

 

・性行為

・酒、タバコ

・豚、牛を食べること

・チョコレートを食べること

 

よく分かんないけど、

しちゃダメだよって言われたから、しなかった。

 

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「塩水を飲むこと」これを第一の儀式として、

僕とネギはシャーマンの弟子たちと一緒に、

クスコの町から山へ向かった。

ちなみに彼は、シャーマンの弟子。儀式が始まって、1番に 泣き始めた迷惑な奴だ。

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山奥で始まる儀式...

 

 

次回、僕が「見たもの」とは(儀式の内容は省略します)

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標高5,300m「レインボーマウンテン」登頂成功!天空都市マチュピチュを目指せ!!

つい先日、再会した”のんちゃん”とその友達、”ももちゃん”とあっという間に別れた、俺とネギ、「チームパイレーツ」は、噂を頼りにペルー・クスコ付近にある、標高5,300mあるという「レインボーマウンテン」を登りに行くことに。

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同い年である彼女たちの南米旅のスピードはあまりにも早く、俺とネギにはイマイチしっくりこなかったので、ここでお別れ。

 

この旅で幾度の「出会い」があり、
その分だけの「別れ」があった。
そして、その後に”来るであろう”「再会」を信じ、旅人は必ず「またね」と言う。

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僕は薄々気付いていた。


実のところ、この”地球”、”世界”を旅している一方、物語をより濃くするのは「人」で、
僕自身、「人」を旅しているということに。

 

世界一周を終えた今、1番 聞かれる質問は、
「世界一周でどこの国が1番よかった?」というもの。

 

僕は困惑してしまう。


なぜなら、「その国で出会った人」によって、その国の印象というものは大きく変わるのだ。

 

例え、その国の人間でなくても、
その国を一緒に旅した旅人の印象で、その旅の思い出が決まり、その国の印象が決まる。

 

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(タカシくん、寺田先生と「最後の晩餐」の部屋で1枚)

 

だから、僕にとって
タカシ君と、寺田先生と旅したヨルダンはかけがえのない国だし、ヒッチハイクで優しくしてもらったスペイン、フランスは大切な国だ。


もちろん、タイも、モロッコも、
これから訪れる「ボリビア」も。僕の人生に切っては切れない国だ。

 

「人との思い出」とは不思議なものだ。


例えば、幼少期からずっと「ディズニーランド」に行きたかったとしよう。


しかし、いざ1人で行くより、気の合う仲間と、近くの駄菓子屋で語ったあの日の方が何十倍も思い出に色濃く残るのではないだろうか。

 

「人との思い出」はかけがえのないものだ。
だから、俺は同い年のネギと一緒に旅した南米は、大好きだ。

 

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📍Rainbow mountain, Cusco Peru

アルパカの群れを横目に、登るはペルー・クスコにあるレインボーマウンテン。

 

なんとここ、標高5,300m 。
朝3:30に宿を出て、帰ってきたのは19:30。

 

酸欠で頭がガンガンして、色んな人に助けてもらいながら、ちゃんと登ってきました!

 

もともと「レインボーマウンテン」のことは知らなくて、カサデルインカの宿で、話を聞いて、「7つに輝く、やま〜〜!?ネギ!のぼんねぇーー!?」みたいな、

 

ほんと 少年ジャンプみたいなノリで登りに行ったんだけど、もう高山病が酷くて、コカの茶を何倍飲んだことか...笑

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ほとんどの旅人が、ロバとか馬とか使うんだけど、俺ら日本人チーム(カサデルインカで出会った4人 よっしーさん、まちゃみ、ケイ、ネギ)は、自力で上り下りして、


本当に死にかけたけど、山頂に着いた途端、晴れてとてもいい景色が見下ろせた。

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やっぱりね、
苦労して登ったから、山頂からの景色は最高なわけで。

 

最近では、「無駄を省く」のが当たり前で、
日本では特に「効率化、効率化」って、答えばかり追い求めようとする。

 

「無駄を楽しめないオトナ」にはなりたくないな。だから、実際、夢のようなアイテム、
「どこでもドア」があったら、旅は楽しくなくなっちゃう。

 

”苦労を楽しむ”って、ドMみたいなんだけど、そんな「ドMの美学」が人生を更に色濃くするのかもしれない。

 


「苦労して登ったからこそ、山頂からの景色は最高だった。」


とにかく、人生で1番 宇宙に近付いた!


標高5,300mって...笑
もう一緒のぼらない!!!笑笑
この旅で1番死にかけた。良い経験でした。

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レインボーマウンテンの途中で出会った少女。彼女はトイレ磨きとトイレの入場料をもらう仕事をしていて、川から水を汲んで、トイレを掃除していた。

 

世界では、こういった光景は当たり前で、
子供が「家族の一員として」働く。


旅を通して、何度 僕の中での常識なんて、クソみたいなもんだと気付かされたか。

 

日本ではよく”常識”とか”一般的に”という言葉を耳にする。

 

じゃあ教えて欲しい。
「ジョウシキ」ってなんなんだろう。

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旅を通じても、これだけは理解できなかった。

 

「常識」なんて、あってないようなもの。
オトナ達は目に見えないフィルターを掛けて、形どって、あってないような「ジョウシキ」という壁をつくる。

 

「世界一周」が非常識??

 

このブログを読んで分かる通り、僕の周りには、そんなことしてる人たくさんいるよ。

 

日本の若者は、もっと視野を広げるべきだと思う。誰かにカテゴリー化される人生なんて、変じゃない?

 

自分という人間は、世界中探したって、自分ひとり。じゃあ、”ジョウシキ”ってなんなんだろう。

 

常識にとらわれたり、くだらない一般論を唱えること、夢を語れないことが「オトナ」っていうなら、僕は”大人”になんてなりたくない。

 

子供の頃みたいに、いつまでも”未完成の美”を掲げていたいし、決して完成しないけど、ゴールに向かって歩いていきたい。

 

いつまでも夢を追いかけたい。

日々、新しいものに出会って無邪気な顔で、
”子供”のまま、「大人の社会」を歩いていきたい。

 

これがきっと僕が旅を通して見付けた”答え”。なんだと、この先の旅で僕は気付くことになる。

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「動物」を当てるかわいいギャンブルをしたり、

 

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ラーメンのような、パスタのような、チキンスープの食べ物を食べたり、

 

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シレッと、ネギが「サウスアメリカナイズ」されてるが、この緑の帽子やポンチョ、全部ぼくのチョイスだ。笑

 

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アルパカのカレーや、モルモットを食べたりと、クスコを満喫した僕らは、ついに「マチュピチュ」へ。

 

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📍Machu Picchu, Peru

 

ついにやって来ました!”天空都市”マチュピチュ

発見からまだ100年ほどしか経っていない”インカ帝国最後の都市”。

 

本当に良かった!
前日の大雨も、登った日は晴れてるし!もちろん、ワイナピチュも登ってきたよー!!

 

俺的世界三大男心くすぐられスポット!!
ヨルダンのペトラ遺跡、エジプトのピラミッド、ペルーのマチュピチュ

 

これであと この旅の目的地は、
ボリビア・ウユニ塩湖」のみ...なんだか悲しいなぁ。

ノートには、そう記されていたが、ここまでの道のりがとんでもなくキツかったのを今でも覚えている。

 

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マチュピチュ村まで行くには、10kmの線路道を歩かなければならない。

 

通称”スタンドバイミーコース”

 

クスコから7時間。

マチュピチュ村までやって来た。

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到着後 電車は使わず、旅人という旅人みんなが通る”スタンドバイミーコース”へ。

 

映画のように線路を伝って、10km。
マチュピチュ村に到着です。

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とにかく、俺とネギは歩いた。


歩きまくった。この時期、雨季で途中で土砂降りになりながらも、10kmという道のりを歩いた。

 

当時は、めちゃくちゃキツかったが、
いつかこのキツさが笑い話になる、その日を信じてやまなかったし、辛すぎて なんだか笑けてきた。

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この時、既に ネギとの中には、なんとなく「友情」を感じていた。
おそらく「レインボーマウンテン」を一緒に登っているからだろう。

 

”大きな山を一緒に乗り越える”
これほど絆が生まれるものはないのではないだろうか。


ニューヨークで年越しをネギと一緒に過ごしたぼくは、ぶっちゃけ「関西のノリ」に付いていけなかったが、ネギは違うな〜なんて、照れ臭いがこの時 感じていた。

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陽も落ち、傘もないのでビショビショになりながら、なんとかマチュピチュ村に到着。

 

 

【2月3日のノートより】

マチュピチュ村のカエルのゴミ箱を発見

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こっちの「太陽」とか「自然の神」みたいなのを重んじる文化はすごく好きだ。

僕は長年、東京という大都会で生活してきたが、やはり「自然」を重んじる心を忘れちゃいけないな。

 

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南米は全く英語が通じなくて、
”One, Two, Three...”っていう数字も分からなくて、
最初はいつも電卓が必要だった。

 

最初から知っていたスペイン語
「オラ!」と「ドンデ エスタ バーニョ?(トイレどこですか?)」のみだったけど、ウンポコ(少し)分かるようになったけど、ほとんどノ エンティエンドだ。

 

言語”だけ”に頼るのは、まだまだなんだけど、どこの国行ったって「ありがとう」と「おいしい」は覚えるようにしてる。

 

感謝の気持ちは絶対に伝えたいからね。

 

ちなみにアルパカもマラも”デリフィオソ!”だった。

 

ぼくとネギは、
1日400人しか登れないワイナピチュにも登った。

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ネットでの事前予約が必要で、学生なら125ソル/4000円(マチュピチュ含め)だ。

ワイナピチュとは、「マチュピチュ」の右上にある、角度がエグい山だ。

 

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7時と10時に200人ずつワイナピチュに登れる。このチケットを買うのに、結構時間が掛かるので、クスコに行った際は、すぐにチケットを買いに行くのをお勧めする。

 

山頂からは、マチュピチュが一望できる。

右下に流れるは、アマゾン川へと続く”ウルバンバ川”

 

個人的には、ワイナピチュめっちゃ良かったー!!


レインボーマウンテンも登ってたから、余裕だった。

オススメは7時!この時期、午後は雨降るから。
卒業旅行でマチュピチュを考えてる方は、是非ワイナピチュも登ってみてほしいな。

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”天空都市”マチュピチュを制覇した、チームパイレーツ。僕の旅、残る目的地は”天空の鏡張り”ウユニ塩湖だ。

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ウユニ塩湖のある、ボリビアに向かうべく、
再び 雨に濡れながらも10kmのスタンドバイミーコースを歩き、8時間ほど陸路移動をし、ペルー・クスコへ戻ってきた。

 

 

 

 

そこで僕が言う。
「ネギ、やっぱり”シャーマン”せえへん?(既に関西弁がうつってる)」

 

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次回!禁断の話「南米の精霊師・シャーマン」に迫ります!!(この終わり方懐かしい)

ついに南米上陸!ペルー・クスコで感動の再会!〜ここから始まるチームパイレーツ〜

 

...ちゃん!

 

...じいちゃん!

おじいちゃん!起きてよ!!」

 

気付けば、暖炉の前の椅子で僕は眠っていた。

もう何年も取り替えてない古臭い絨毯に、大きなソファ。テレビがないこのリビングは、紛れもなく僕の家だ。

 

「ねぇ!おじいちゃん!

はなし!たびのつづきのはなしをしてよ!」

 

そう孫に言われ、ようやく思い出した。

僕は「自分の旅」の話をしている間に、この子につられ、ウトウトと眠ってしまったのだ。

さっきまで、眠そうな顔をしていたこの子は、今では ボロボロの絨毯の上を飛び跳ねている。

 

「あぁ、わかったわかった。

ここからのお話が好きなんだね。話してあげるよ。じゃあ、おばあちゃんにクッキーとミルクを貰っておいで」そう僕は彼に告げると、「旅の続き」を語り始めた。

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....

サンフランシスコを後にした僕は、ついに南米へと向かった。

サンフランシスコの空港は、僕にとってものすごくしょっぱく、負け犬みたいな顔で、はやくこの場を去りたくてしょうがなかったのを今でも覚えている。

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このベンチ。
サンフランシスコに到着してから、なんだか動くことが出来なくて1時間も座っていたベンチ。

 

忘れたくても忘れられないこの想いは、
この後少しだけ心の片隅に置かれ、一緒に旅をすることになる。

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飛行機に乗って、夜景を横目に離陸。
サンフランシスコの街がどんどん小さくなっていく。

 

結局、人の悩みというのは、どんな大きなことをしていても、ミニマムレベルで世界から見たら、とても小さいのに、自分の中ではとても大きい。

 

だから、世界に目を向けて、問題を解決していこうと思っている人、金儲けじゃなくて、本気で世の中を変えようとしている人間はすごい。

 

自分の中にあるミニマムレベルの大きな悩みなんてないのかな。すごいな世界のリーダーって。

 

はっきり言って、悩みのない人間などこの世にいない。これは間違いない。

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僕の口から、ポジティブメッセージが出るのは、実はすげぇー悩んでるから。

 

本当にポジティブな人間から、人を励ます言葉なんて出ないんじゃないかな。だって、その人の気持ち分からないじゃない。

 

一度も病気にかかったことのない医者に、患者の気持ちは分からない。それと一緒だ。

 

俺は悩んで、悩んで、
でも前を懸命に向こうとする、歩こうとする。


転んで、ズタボロになって、でも這い上がろうとする”その瞬間”。生まれた言葉たちがポジティブメッセージだ。

 

正直いうと、ほとんどの言葉を自分に言い聞かせていた。

 

悩まない人間など、この世にいないのに、ポジティブメッセージを呟きすぎて、自分は単純にポジティブな人間だと思われがちで、

悩んでいる最中に、悩みの相談を受けるから、
ホームシックは更に悪化するし、
SNSやライター記事と向き合う気力もなくなるし、一時期大変なときもあった。けど、なんとかここまで歩いてこれた。

 

そんなことを思っていると、ウトウトと寝てしまい、気付いた頃には朝日が上がり、

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エルサルバドルにいた。

メキシコのちょっと下、コスタリカの上、中南米エルサルバドル・ でトランジット!

 

この空港では5時間ほど滞在した。いつも思うんだけど、空港の椅子の手すり本当にいらない。笑


手すりがあるから、横になって寝れないので、地べたがひんやり冷たく、ずっと渋谷のギャルみたいに座っていた。まぁバックパッカーあるあるだ。

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...「南米」では、日本人はモテる!

そんな夢のような噂を聞いた。空港の中を歩いていると、綺麗なラテン系の人たちが!


た、たしかに優しい気がする。けど、本当にこっちの人たちって英語が喋れないから大変だった。

 

国際空港でさえ、英語が通じない。
「ハウマッチ?」さえ理解してくれない。
これは大変だ。


無事、エルサルバドルから目的地”ペルー・リマ”へ。
離陸前、窓の外を見ると 面白い光景が。

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これ、後ろの人たちいる??笑
仕事をしている人たちがほとんど前の人たちだけであった。

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スピリット航空の機内食
久々に機内食が出て感激!!やるではないか!!!

結局、24時間以上の移動でペルー・リマへ到着。あたりを見渡すと、すでに真っ暗だ。

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事前に調べてあった日本人宿「さくらこ」までの移動は、タクシーを使うことにした。本来、タクシーというのも、日本人宿というのも使いたくはなかったが、

初めての「南米」ということもあり、出だしはすこし警戒した。

 

バックパックを背負って空港を出れば、いつもの客引き攻撃。

 

「お宿さくらこ」の場所を行って、値段交渉開始。この辺りはお手の物だが、警戒することは越したことがなく、結局 1番 外見がしっかりしていた彼のタクシーを選んだ。

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 僕は彼を「南米のちゅうえい」と名付けた。

周囲が半袖半ズボンの中、しっかりな格好をしていて、お客を勝ち取るのだから、彼の営業力は この辺りではズバ抜けている。

日本のサラリーマンが毎日、ビシッとした格好をしているのは、「営業力」つまり、「ビジネスを成功させるため」だということを再確認した。

 

彼は僕と同い年で、拙い英語で会話をした。いつも、公共の移動の何倍もかかるタクシーを利用するときは、「授業料」を払ったと思って、

「その国の言葉」の習得を試みる。(もちろんメーターを気にしながら)

 

僕はスペイン語が全くわからなかったので、彼のタクシーを選んで正解だった。スペインをヒッチハイクしたときは、みんな英語で会話をしていたからね。

 

しかし、南米はそうはいかない。

この大きな大陸の9割がスペイン語圏。

ようするに中国人が中国語しか喋れないそれと似ている。

 

オラ!(こんにちは!)

コモエスタス?(調子はどう?)

ムイビエーーン(最高だよ!)

グラシアス(ありがとう)

デリシオーソ!(おいしい)

 

こんな感じでコミュニケーションは成立する。

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窓の外を見ると、トゥクトゥクや廃墟になった家、すこし治安の悪い感じは、東南アジアのようで特に1カ国目のフィリピンを思い出させた。

 

ついに、日本のほぼ真裏までやって来たのか。

僕の旅もまもなく終わりを告げる。早いもので1月末。3月には帰るから、残り2ヶ月を切ったところだ。

 

若干ボッタクられながらも、命の保証とスペイン語留学だと思い100ソルくらい払い、無事「お宿さくらこ」へ。

 

タクシーの運転とのいざこざは、本当に避けた方がいい。エジプトではお釣りの値段が違うということで口論になり、ナイフを突きつけられた。100円もしないエジプシャンポンドで殺されたら、たまったもんじゃない。

 

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「お宿さくらこ」では懐かしい顔ぶれが!!

一緒にモロッコを旅し、サハラ砂漠でキャンプをしたり、スペインへ北上した”のんちゃん”!

 

約3ヶ月ぶりの再会で、今までの互いの旅路を話したり、暴露をするがのんちゃんは世界中の男とインターナショナルラブを繰り返してるので、その話で盛り上がった。彼女ほど世界を股にかけている女性に出会ったことがない。笑笑

 

ニューヨークの年越しを一緒に祝った、

「地元のゆるキャラ”ネギーマン”を広める世界一周」をしている ネギ!が!!

 

ネギは、同じ93年生まれで、男として今後の人生の話をするのはとてもいい会話を生む。

しかし 東京もんは、若干「関西のノリ」に付いていけないところがある。

そう、ネギの出身は京都・九条。最初はぎこちない感じだが、すこしずつ苦手だった人との距離が縮まっていくのも「旅の良さ」だし、

 

「世界のどこかで再会」というロマンを感じるだけでも、旅に出る価値がある。

 

首都リマは特に見所がないのと、このとき若干急いでいたというのもあり、のんちゃん、のんちゃんの友達のももちゃん、ネギと大学生4人チームで、翌朝「クスコ」へ向かった。

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 📍Cusco, Peru

インカコーラを片手に歩くクスコの街並みは、大航海時代に戻ったかのよう。


歩いていると聴こえてくる竹笛の音色と、人も、町の雰囲気も、とても落ち着いていて気持ちがいい。少し高いところから町を見下ろすと、山に囲まれていることがよく分かる。

クスコはこの旅の中でも上位に食い込む居心地の良さ。だけど標高3,500mだから 走るとすぐ息切れが...。
富士山よりも高くて 若干の高山病と微熱での長距離移動。

 

リマからクスコへの22時間。

さすがに前日の飛行機での移動と合わせ丸2日以上の移動は体に響いた。

そして、このクスコ。すり鉢状に街ができていて、起伏が激しく階段だからけだ。

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これがものすごい体に応える...

酸欠がものすごい。宿「カサデルインカ」に着くや否や、ものすごい酸欠で頭がガンガン。

チェックインを済ます前に、おばちゃんから「コカ茶」を頂いた。

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 このコカ茶がものすごく美味しい代物で、酸欠もすぐに治る。「コカ」の葉に、お湯を入れてるだけなのだが、ものすごい効き目だ。

 

ちなみに、この「コカ」。あの「コカ」で、南米全土では合法だが、他の大陸への持ち込みは不可だ。ちなみにちなみに、あの「コカコーラ」はこの「コカ」から取っているそう(というか、使っているそう)

 

とりあえず、頭が麻痺して 痛みを軽減してくれるのかな?? 幻覚を見たりはしない。

 

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この絶景は、カサデルインカの屋上から撮ったもの。

 

 

 

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スペインの植民地だったペルー、クスコの雰囲気はパイレーツオブカリビアンの街並みみたい。

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写真はクスコの名物市場「メルカド・デ・サン・ペドロ」で飲むアボカドシェイク

3ソル(90円)

旅に出るまで、アボカドって醤油付けてワサビと一緒に食べるものだと思ってたけど、最近はミルクシェイクにするのが1番好きだなー!

南米のアボカドは、日本のものと違って、とても甘いことで有名だ。

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 この市場や露店といった辺りも、ペルーはなんだか東南アジアのようで親近感が湧く。

 

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パイレーツオブカリビアンのような街並みのクスコを歩いていると、ネギが突然...

 

ネギ「Keiくんって、ちょっとオーランドブルームに似てるよな?」


俺「そんなことないよ!ネギだって、ジョニーデップに似てるよ!」

 

2人爆笑。

ここに「チームパイレーツ」が誕生!!!


同い年の2人で、南米を大冒険することに...

 

 

.....

「おじいちゃん!ここからが好きな話なんだから、絶対に居眠りしないでね!僕も楽しみにしてるんだからね!!」

 

そう彼に急かされるので、僕は話を続けた。

 

「Dear. San Francisco」

どこまでのことを話していいのだろう。

どこまでのことを話すべきだろう。

その本にはこう書かれていた。


時代遅れの呼び鈴が置いてある、

古くカビ臭い小さなホテルのラウンジにある本棚にそれはあった。

...「これは、僕の旅路を知る上でも知っておかなければならないストーリー」

  • Dear. San Francisco-

少年サンチャゴの人生には、愛した一輪の杏子の花が咲いていた。

もともと旅に出る前のサンチャゴは人生に迷いを感じていた。

これは「誰の物語」なのだろう。そう感じて見上げる都会の夜空は、ひとつの星も見えなかった。

もともと、サンチャゴの家族は「愛」とは無縁で、彼も「愛」について、ひとつの経験も、知識さえもなかった。


だだっ広く、果てしない、ありきたりな道をサンチャゴは歩き続けた。自分がどんな人間になりたいのかも、どんな理想を掲げるのかも、分からず、ただただ周囲の羊たちと一緒に、同じ道を歩き続けた。彼には「失うもの」がないから何も怖くなかった。


すると、そんな荒野に一輪の杏子の花が咲いているのに気付いた。

サンチャゴはその花に恋をしたが、自分から今まで「恋」という穴に落ちたことがなかったので、戸惑いを感じた。

杏子の花はまるで、サンチャゴに気付いていない様子で 風にくすぐられていた。

今まで全てにおいて無気力な自分を悔い改め、
自分自信を磨き始めた。幸いサンチャゴは「経験」はないものの、自分を変える力を持っていた。

サンチャゴとその花とが、恋に落ちるのには時間が掛かった。
なんせ、サンチャゴの言葉には「力」がなく、真実を伝えても、誰も信じてくれないからだ。

しかし彼は表現者であった。
口に出しても、誰も信じてくれないならと、
紙に自分の気持ちを書き綴った。

その書き綴った何十枚ものラブレターを通して、彼は

「自分が伝えたいこと」と、

「彼女が聞きたいこと」の間を考えるようになった。

そして、ついに恋は実った。

しかしサンチャゴは羊飼い。

やらねばならぬことがあり、恋が実ったものの、次に花を見たのは、約半世紀という月日が流れた後。


サンチャゴは努力を惜しまない性格で、遠い国から、時差や距離を超えて手紙を宛てた。

その時間に果てしなさと感じたが、なんとか時間という大きな壁を、サンチャゴと花は乗り越えることが出来た。

一度、壁を乗り越えた2人の絆は強く、
それから2人は手を取り合って、支え合って、2人で同じ道を歩き続けた。

その道の最中で、サンチャゴは杏子の花にたくさんのことを教えてもらった。

ボロボロだった服も、彼女のおかげでピカピカに。
花をより美しく撮るために、今まで触れたこともない遠い未来のレンズの付いた機会の使い方を学んだり、
彼女を喜ばせるためであれば、なんだって惜しみなく学び、

彼女のためでもあり、それはサンチャゴのためでもあった。

もちろん 花を喜ばせるためにサンチャゴはたくさんの手紙を送り、少しずつ少しずつ、「言葉」を取り戻していった。

サンチャゴの父は乱暴な男で、彼を見て育ったサンチャゴは「僕はひとりで歩いて行こう」と決めていたが、その考えは世界のチリになって、この世から消えていった。

今は花がそばに居てくれるからだ。
彼女ほど、サンチャゴの心を落ち着かせるものは、今までかつてなかった。

サンチャゴに「家」と呼ばれる「心の安らぎ」がなかったからだ。
彼女がサンチャゴの「心の安らぎ」であり、強がるサンチャゴの唯一の自分の場所であった。

「彼女を心から守りたい。」今まで、自分のためだけに生きてきたサンチャゴに”失っては困る存在”が出来た。

「誰かのために自己犠牲が出来る」
サンチャゴにとって、こんなに精神的に大人になれる方法はなかった。

そして、ひとりで生きていたときは、
道しるべとなるものがなかったサンチャゴであったが、

ようやく「地図」を見つけた。

サンチャゴの父曰く。
「男には地図が必要だ。
荒野を走り抜く、心の地図がな。」と。

サンチャゴの地図には「なりたい姿」が書いてあった。

それが、杏子の花を育てあげたミツバチの両親であった。

彼らには この惑星では珍しく、神様がいた。

サンチャゴはよくミツバチの両親に挨拶をし、敬い、尊敬していた。ミツバチのお父さん、お母さんとも仲が良く、杏子の花のお陰でピカピカになったサンチャゴは、良くしてもらっていた。

ミツバチのお父さんの紳士的で、アクティブで、家族思いな姿に、ずっと独り身であったサンチャゴは憧れを抱いた。自分も家族愛に溢れた男になりたい。そう思ってやまなかった。

その「家族」には、「愛」があり、
サンチャゴは初めて「家族」というものを理解した。「これが、家族で、心の、暖かみか...」と。

それから、サンチャゴは自分の「家族」を、本当の意味での「家族」と呼べなくなってしまった。

サンチャゴは、より杏子の花が好きになり、いつだってお水をあげて可愛がった。だってボロボロだった自分をこんなにピカピカにしてくれたんだもの。

そして、サンチャゴは彼女のことをより知るうちに、”彼女の行きたい方向”と”自分がいる状況”が大きく違うことに気付いた。

杏子の花は 将来、彼女が生まれた「SF」という惑星に戻りたいということを知った。そして我が子を宇宙規模で育てたい。という夢も。

しかしサンチャゴは、羊飼い。
今まで自分の持ち場を離れたことがなく、このまま周囲の羊たちと一緒に、この道を歩いていくものだとばっかり思っていた。

サンチャゴは戸惑った。しかし、恐れはなかった。サンチャゴも他の惑星にいつか行ってみたいと、幼い頃から思っていたからだ。

強いていうのなら、「恐れ」は「未来」にあった。なんせ、この先の未来が二手を別れているように感じたからだ。

そして、もうひとつ。
サンチャゴは杏子の花に、あまり時間がないことが分かった。

彼女は茎の部分が弱く、早いうちに新しい命を咲かせないと、二度と出来ないという。

それを知ったサンチャゴは考えた。
「彼女の夢」を叶えてあげたい。

「時間がない」

...今しかない。
サンチャゴは羊飼いとして、次の道しるべもあったが、羊を全て逃がすことにし、
自分自信を「羊飼い」と名乗ることもやめた。

サンチャゴは旅立つことを決めたのだ。

そして、それを杏子の花に告げた。
彼女は驚いていたが、そんなサンチャゴの姿を懸命に応援してくれた。

さて 旅をするには、”ルビーの石”が必要だ。羊飼いのサンチャゴにそんな資金はあるのだろうか。

実はサンチャゴはこっそり貯めていたのだ。
杏子の花との未来を真剣に考えていたので、旅の資金の半分は既に持っていた。

サンチャゴは”ルビーを使うこと”を少しためらったが、これを使わず、旅が出来ず終いであれば、どちらにせよこのルビーは使えないと思い思い切って結構した。

サンチャゴの「愛」は本物であった。

...ここでページが破れてるな。
気付けば、1時間以上このボロボロの本にかじりついていた。このロビーがカビ臭いのは、この茶色の絨毯が原因だな。おそらくこの絨毯はもともと赤かったのだろう。今じゃシミだらけで、新品だったころの面影もない。

でも、どこか「自然」で、あの頃みたいにピカピカじゃないから、親しみやすくて、僕は好きな絨毯だ。

安いコーヒーをすすりながら、破れたページを飛ばし、次のページにめくると物語は大きく変わっていた。


...「私、いま幸せなの。」

その言葉を最後に、杏子の花の声は聞こえなくなってしまった。

サンチャゴの心はずぶ濡れになった。ボロボロになった。ボロボロどころでなく、立ち上がれなくなった。言葉に出来ない感情が渦を巻き、彼は壊れかけた。

それは、彼が旅立つ前夜であった。

しかし、彼には塞ぎ混んでる暇はない。
やっとの思いで掴んだチケットを破くわけにはいかないからだ。そして、数少ない友人がサンチャゴの旅立ちを祝ってくれたので、サンチャゴはどうにか一歩踏み出すことに成長した。

運が不運か、同じ日、同じ場所から、
サンチャゴは西へ。杏子の花は東の果てにある生まれ故郷「SF」へ。


サンチャゴの旅路を辿ると、最後にたどり着く惑星が「SF」であった。

彼は その惑星に到着し、花との再会を夢見てやまなかった。つまり、彼は諦めなかったのだ。彼女と歩いていく”幸せ”な未来を。

今までだって、自分たちがどんな状況だって、彼女のことを想っていたサンチャゴにとってそれは当たり前の決断であった。

とにかく、サンチャゴにとって今も昔も、
「旅だった前日」が1番、
この人生で1番辛く、キツく、孤独であった。

まるで、暗闇の宇宙に取り残されてしまったかのような孤独感が彼を襲った。

羊たちは言う。
世界には他の花がいくらでもあると。
しかし彼らは分かっていない。
あの杏子の花は、世界中探したって一輪だけなんだってことを。

いくら手紙を書いても返事が来ないので、
一度 サンチャゴは悩むことも、考えることもやめた。

そして未来に託すことにした。

しかし、「愛」という火は決して消えることはなかった。だって、人生で初めての「心の安らぎ」だったからだ。

サンチャゴの旅は続いた。
その間、彼女の体の健康、心の健康を祈った。

その惑星の神様を見つけては、祈った。

会えもしない。声も聞けない。気持ちも伝えられなければ、何をしているかも分からない。
何をしようとも、どうにもならない状況に、彼は「祈る」しかなった。

その「祈る」という行為が、次のサンチャゴの心の安らぎになった。

強盗、
テロ、
事故、
人の「死」。

本当の意味での「安全」なんてない、この世で、孤独を旅する彼にとって、

その国の神様に、
「自分の身」と「彼女の身」、「自分たちの未来の道」を祈ることは心の安らぎであった。それからだ。神を信じていなかった彼が、神様を信じるようになったのは。

1つ目の惑星は、彼にとって衝撃的な国であった。
貧困が蔓延り、信仰心の強いこの国の教会は、みんなが神を信じ、膝まづき、涙を流す。

その光景にサンチャゴは、「神様の存在」を信じざるを得なかった。

今まで羊飼いだった彼は、父に
「運命は自分で切り開くもの」だと教えられてきたが、努力はもちろん大切だが、
「最終的なサイコロを振るのは神」だということを理解した。

彼は祈り続けた。
時に、杏子の花が元気に咲いていた噂を耳にすると、嬉しくて眠れない夜もあった。それは確か「ペナン」という惑星での話だ。

危ない土地にも訪れた。
そこは、大きな壁に囲まれた”まだ惑星”と呼ばれぬ土地であった。

しかし、彼は彼女を思い続けた。
そして「生きてること」は当たり前ではないと思い、彼女に手紙を宛てた。

過去の自分のだらしなさに対する謝罪、
彼女が僕をキラキラにしてくれたことの感謝、
生きてるうちに伝えなきゃいけないことは、全て伝えたが、一向に連絡は帰って来なかった。

「いま何してるんだろうな」
なんて夕日を見ながら呟く日が続いた。

特に砂漠で見た夕日を心から彼女に見せてあげたかった。それだけでもサンチャゴは幸せだった。この世に、自分の幸せを分けてあげたいと思える人間がいることに。

旅立つ前、サンチャゴと杏子の花が最後にあったのは、夕日が美しい浜辺であった。

サンチャゴはそこで「永遠の愛」を誓おうと思ったが、勇気が出ず、言葉にすることが出来なかった。

この日の後悔は、サンチャゴを苦しめた。

「時として、チャンスは一度しかこない。

男なら、このチャンスを掴むことだ。」そこから得た教訓をサンチャゴは忘れない。

旅の果てにようやく、「SF」がある銀河系へたどり着くと、サンチャゴは勇気を出して、杏子の花に手紙を送った。

これまでの旅路、この場所を目指して旅を続けてきたと言っても過言ではない。
「SFにたどり着くこと」それがサンチャゴの心の支えであり、原動力であり、希望でもあった。

杏子の花から返事が来た。



...
「いいえ。会えません。」





サンチャゴには遅すぎたのだ。

サンチャゴのポジションには既にその惑星の人間がいた。


”想いというものは、
想っているだけでは伝わらない。”

サンチャゴは「言葉」がどれだけ大切か感じた。

そして、彼は再び道を見失った。
崩れた。心臓を取り出して、箱に詰め、どこかに隠したくなるほど苦しかった。

今まで信じ続けてきた「希望」がなくなり、自分がどうしていいか分からなくなった。

自分がどこに向かっていいか分からない。

旅を続けるにも、どこに進めば良いのだろう。
サンチャゴが唯一持っていた「心のコンパス」が完全に壊れた。

彼女のためにしていたことが、今度は自分を苦しめ始めた。

自業自得はこのことだと、膝をついた。

彼は「向かう方向」も「帰る場所」も見失ってしまった。

なにも分からなくて、再びロケットから切り離された宇宙飛行士みたいに、宙を浮いている感覚に陥った。

旅が終われば尚更、現実と非現実の狭間をさまよってしまう気がしてならなかった。

「自分がどこに帰ればいいか分からない」

旅に出て、これほど不安なことはない。

旅人には帰るべき場所が必要だ。帰るべき場所がないと、それは「旅」ではなくなってしまうからだ。

サンチャゴは迷った果てに、最終目的地にしていた「SF」という惑星に向かうことを決めた。

これは、自分と向き合うためにも、杏子の花と向き合うためにも。


...
「SF」には 大きな赤い橋があり、海があった。

その浜辺にたどり着き、裸足で歩いた。

歩いていると、彼は最後の海の日のことを思い出し、大きな声で泣いた。

それは、今までのようにポロポロと溢れる涙ではなく、心の底から声が枯れるまで、子供のように泣いた。

「やはり神様などおらず、
運命は自分で切り開くものだ」とも思った。


振り返ると、浜辺に付いた自分の足跡が、波にかき消された。

振り返ると、自分がどこにいるのか分からなくなった。

幸い、サンチャゴは何度も崖に落とされたことがあり、その度に命かながら這い上がってきた。そんな経験を生かして、前を見た。

すると、浜辺は誰の足跡もなく、まるで白紙のようだった。

「過去は振り返っても、何も変わらない。

でも、未来は変えられる。未来は白紙なんだ。未来は自由に歩ける、足跡を残せる。」

そう思うのには、時間が必要だったが、
サンチャゴはそう思うよう心がけた。

そして、サンチャゴは涙を拭き、
自分が今ここにいること。それは、物理的にも、人生的にも、今の自分を構成していること。

それは彼女のお陰であった。

と、理解した。
最後に彼はSFの海に向かってひとことこう言った。

「ありがとう」と。



...気付けばあっという間に時計は20時を回っていた。さっきまで夕日が眩しかったのに、もうこんな時間か。

どこか遣る瀬無い空気が僕を包む。
ふぅとため息を尽き伸びをし、3階にある自分の泊まっている部屋を目指した。

このボロ宿にはエレベーターがないので、3階までも一苦労。この茶色く汚れた絨毯と狭い廊下を歩き部屋へ向かう。

今の僕が、主人公サンチャゴに言えること。

それは自分の「愛」不足が招いた結果以外何物でもない。

思うに、「愛」とは”乗り越える力”。
”乗り越えようとする力”。

1人の人間だって、相当なエネルギーを持ってるんだ。それを2人でお互いのために頑張って”乗り越えようとする力”つまりは「愛」が、

キミとその最愛の花とやらの間にはなかっただけのこと。

「愛」さえあれば、たとえ生活に困っても、
好みの人間じゃなくても、遠距離でも、言葉が通じなくても、「乗り越えよう」とする力が働くはずだ。

間違いなく、若きキミの”経験不足”。
もっと「愛」を注いでやらないから悪い。

女性は当然のように「安定」を好む。「損得」で動くのも女性特有の動きだ。

一方、男性が「安定」を好むと腐る。だから我々男性は飛び込み続けなければいけない。日々、男を磨かねばならない。

ではどういう女性が僕にとっての理想か。
「飛び込み続ける男性」を、不安もあるだろうが陰ながらしっかり支えてあげれる女性。

もちろん、男性側も行動しつつ、なるべく女性に不安を与えちゃいけない。だから、大きな声で「絶対に幸せにするから!!」って毎日 伝えて不安を拭ってやらなきゃいけない。

サンチャゴよ。当たり前だ。
言わないと、伝わらない。お前は彼女にテレパシーでも通じると思ったのか?

なんだって 言わないと、伝わらないんだ。

だからちゃんと”気持ち”ってのは伝えるべき。
そして、男っていつも、失ってから気付くんだよね。失ってからじゃもう手遅れ。だから失う前にちゃんと、気持ちを伝えることだな。これはこの本を通して学んだ教訓だ。

でもさ、どんな結末であれ、
「片想い」で彼女を想い続ける。なんだかロマンチックで俺は好きかもな。

ただ、これは結果論で、
恋愛って「1」か「0」のところがあるから、
フられてるサンチャゴの場合、
「ストーカー」って言われるかもしれないけど、成功してれば「宇宙1のロマンチスト」だな。

男って、本当にバカで、アホで、
不器用で、でもさ。いい奴だよな。

男の方がロマンチストだよ。
「夢」を追いかけたり、「憧れ」を抱いたり。

アホじゃなきゃ、ロマンチストじゃなきゃ、
結局 彼女を喜ばすことなんて出来ないんだから。

でも、やっぱり恋愛を閉めるなら、
「ありがとう」で終わらせられる恋愛ほど良いものはないな。うん。

お前は、きっともっと言いたいことがあるだろうに、感謝で終われるいい奴だ。

いい奴は、いっつも損すっけど、
それでいいと思うよ。自分の信じた道を進みなさい。あと、男はたくさん泣いて、追い詰められて、壁を乗り越えて、大きくなっていくもんだからさ。

この旅を通して気付いたこと。

”それは、「愛」とは、この世において最も強く、そして儚く、変えが効かず、かけがえのないものということ。”

そうメモ書きを残し、僕はドアを閉じた。

...物語は「南米」へ。

サンフランシスコでの日々〜「旅」とは「今の自分」を映す鏡〜

父と別れ、再びひとり旅に。
ニューヨークから、西海岸サンフランシスコへ。

当初、サンフランシスコは僕の最後の地であったが”とある理由”で思い切ってチケットを買った。

北米を東から西へと飛んでいるのに、2万円もしないフライトには驚きだ。
アジアを東から西へと飛んでみろ。格安航空券でもとんでもない額だ。


ちなみにアメリカのパスポートの所持率は、4パーセントだとか。まぁ国民も多いのに対し、ハワイもアラスカも自国なわけで、IDさえあれば、カナダやメキシコにもいけるのかな?

とりあえず、アメリカ人は実は国外になかなか行かない。


さて、僕にとって色んな意味が含まれているカリフォルニア州「サンフランシスコ」という場所。

サンフランシスコといえば、ドラマ「フルハウス」のロケ地。
プールに行く前によく見てたなぁ。あれくらいの大家族にも憧れる。

このゴールデンゲートブリッジは、初めて見るのにすごく懐かしかった。


あんな大家族で育ったらどんななんだろう。

父親が自由人すぎるから反面教師になってて、
「家族」は1番大切にしたいんだよなぁー。

この旅路を寝る前枕元で話してあげたいんだよね。おとぎ話なんかよりずっと、ハートフルだし、本当にあった話なんだよ。ってすごく夢がある。

特に奥さんとの出会いとか、大切にしていきたいなぁ。なーんて、いつまで経ってもロマンチストなんだから、出会いを自らなくしているようで困る。



ニューヨーク、カリビアンクルーズ、キーウェスト、マイアミにと、父と旅するアメリカでの食事は、毎食「ご褒美」みたいなもので、


ぶっちゃけ「食疲れ」してた。
なんでだろ。あんなに美味しいものが食べたかったのに、食べ続けると、どうも嫌気がさしてくる。

結局、僕ら人間っていつまで経っても「無い物ねだり」だ。

都会に住んでれば、田舎がいいと言い、
田舎に住んでれば、都会に住みたいと言う。

中高生のときは、授業とか、先生とか、制服とか、うぜーーなって思ってたのに、
大学生になっていざ、「縛り」がなくなると、
あの頃に戻りたくてしょうがない。


けど戻れないから仕方なく「制服ディズニー」なんて、現役のJKから見たら、とても滑稽なイベントに走る。


...けど、ちょっと羨ましい。笑
強いて言うなら、制服ディズニーをしたことがないこと。これくらいは、しても良かったかな。笑

とにかく大切なことは、
「いまあるもの」に感謝すること。
いつだって、人間は失ってから気付くから。

もし、隣に大切な人がいるなら、
隣にいるうちに大切にすること。大切な人を抱きしめることには1円だって掛からない。プレゼントをたくさんあげることが愛だと思ってる男は、本物の「価値」ってもんに全く気づけてない。

でもまぁ、「愛」ってのは年齢や時代によって変わるものだからね。
若い頃は、「束縛」することが「愛」だと思ってる、「固執」することが「愛」だと勘違いしがちだしね。

「愛」の形は人それぞれ、カップルそれぞれだから、よく考えたり、話したりすべきだと思う。若ければ、若いほどね。

「愛」ってなんだろうね。
って果てしない問いを語り合うのもすごくロマンチックで好きだ。



...美味しいものを食べ過ぎた僕は、
「美味しいもの」の価値を取り戻すために、
サンフランシスコでは”あえて”節約生活をした。

この宿は毎朝、パンケーキを自分でつくって勝手に食べていい。だから、そのパンケーキを朝昼と食べ、夜はヨーロッパで姉を一緒にサポートした三増コーチからもらった味噌汁(通称:みまし汁)だけという、節約を通り越して、ミジメといえばミジメ。

しかし、今はこのミジメで質素すぎる生活が気に入った。

サンフランシスコには、チャイナタウンがある。とゆーか、世界中にチャイナタウンはある。横浜のチャイナタウンは別だが、「旅の知恵」として、基本的にチャイナタウンの食べ物は安い。
ローカルなものなら尚更!

これなんて、4ドルかな?アメリカじゃ考えられないし、このうすしおの感じ!!

うますぎる!!!はぁ、東南アジアを思い出す。帰りたいなぁ、タイやら、マレーシアやら。。


ある種、お金持ちすぎると「価値」を感じることが出来ないので、本当に幸せかどうかは分からない。

だって、簡単に”良いもの”が食べれちゃうじゃない。”良いもの”が買えちゃうじゃない。

例えば、同じ「大トロ」なのに、貧富の差があると、「価値」が大きく変わるんだよ?

滅多に食べれない「大トロ」の方が僕はよっぽど価値があると思うけど、世の中どこを探したって、結局 「答えがない問い」は無限の回転をしているかのようだ。


最後に、サンフランシスコのチャイナタウンで散髪した。今まで、サイドだけ切ってもらって(これなら誰でも出来るから)たんだけど、多分、この旅 最後の散髪だろうな。そう考えると、すごく切なく感じた。

いつだって「終わり」を目指してるはずなのに、いざそれが見えてしまうと、急に終わりたくなってしまう。これも、無い物ねだりなのかもしれない。

僕が泊まっていたボロボロのゲストハウスは、
4人部屋で二段ベッドがふたつ。昨日までとは大違いの生活に再び「若者で出来る旅」を感じた。

そんな同じ部屋で、台湾人の友達が出来た。
エミリーとティンティンだ。彼女たちは、味噌汁しか口にしない僕が相当貧しい旅人だと思い、初対面でラーメンをくれた。

すっごい嬉しかった。
自らこんな生活をしてるのに、心が満たされた。たったひとつのインスタントラーメンで。

これが「価値」っていうやつだ。
毎日、ステーキ食ってみ。こんなことで感動なんてしない。

この辺りは言葉にするのが難しい。
かなり「感情」に近いし、「人間」に近い。

旅に出たら分かるよ。本当に。

彼女たちとは、レンタルサイクルで、1日サンフランシスコを探索してきた。


坂だらけのサンフランシスコは、
北海道の小樽みたい。笑

この旅で、台湾人と話したことなかったから、ここに来てすごい嬉しかったなぁ。

「〜人」とか「〜国籍」とかってゆーカテゴリーを別に気にしないけど、友達がその国にいるだけで、その国の見方が変わってくるから、ちゃんと文化とか教えてもらってる。

大学4年生まで海外のこと何も知らなかったし、去年まで英語も喋れなかったけど、本当に旅に出て良かったなぁ〜

「人生」を大きく変えた決断だった。

旅での出会いは「偶然」のように思えて「必然」で、

将来 僕がお金持ちになったり、体を壊したりして、今みたいな”バックパッカー”の旅のスタイルが出来なくなってしまったら、

出会う人から、食べるもの、感じることまで、
まるっきり違っていて、

そう考えると「旅」は、「今の自分」を写してくれる”映し鏡”のように思える。

”映し鏡”...つまり、自分自身を見つめなおせる。

だから旅は「自分探し」が出来る。

自分は何者で、なにが出来て、どこへ向かうのか。

別に「海外」にこだわる必要なんてない。

”感じれる奴”ならどこでも。

人の口から学ぶことなんかより、自分で感じたことで人は成長していく。

若いうちの「旅」って本当にいい。


サンフランシスコでの「出会い」といえば、もう1人。同じパンケーキのホステルにいた日本人のユータイさん。

世界一周じゃないけど、ひとり旅の最中で
チェックアウトの日が同じで、僕は夜遅くの飛行機、ユータイさんは今夜 アメリカを北上していこうかな〜みたいなスタイルだった。

チェックアウトが10時だとして、ロビーのソファーで8時間以上話した。

なんだか分からないけど、本当に楽しかった。

やっぱり、この旅に出て 今まで自分が出会わなかった人たちと話して、「こんな生き方もありなんだ」って思えるのは、本当に良いし、選択肢出し、これを知るのは若ければ若いほどいいと思う。


俺ら若者に足りないのは、圧倒的に「大人」と話すこと。

いつまで経っても自分の居心地の良い場所にいるから、自分が年寄りだと錯覚して、「だって、もう22だよ?」なんて年齢を言い訳を武器に、出来ない理由ばっか探してしまう。

32.42.52歳の自分から見たら、何百倍も”可能性”を持ってるのに。

そんで、周りの奴らとばっかつるんでるから、
生き方がほとんどワンパターンになってしまう。

俺はこの旅を通して、たくさんの大人と出会って、たくさんの「生き方」を見てきたよ。


「こんな生き方もアリなんだ。」って出会うたびに驚きの連続で、自分の人生が更に自由な発想になってきた。

幼稚園児の将来の夢が「警察官」「ケーキ屋さん」「サッカー選手」と数パターンしかないのは、「生き方」を知らないから。

「ITベンチャーのCEO」とは誰も言わないでしょ?笑

俺ら若者は、もっともっとたくさんの、なるだけ自分と違う人たち会う必要がある。

「生き方」を知る必要がある。「人」を知る必要がある。

それが、「生き方の選択肢のひとつ」になるからだ。

ユータイさんは、僕のラーメンに卵を落としてくれた。

こんな話をした。

”「男」って、バカでアホで、ダサくて、どうしようもない生き物なんです。

”アホ”だからこそ、ハートフルだったり、ロマンチストだったり、夢見たり、追いかけたり出来るんです。

そんな不器用だけど、まっすぐな生き物が「男」なんです。”

これは、サンフランシスコに着くまでの僕の話だ。はっきり言って、ユータイさんがいなかったら、きっと、精神的におかしくなっていただろう。今回はあまり語らないが、とにかく 一緒に笑い飛ばしてくれたユータイさんには、感謝しかない。

またどこかで会えたらいいなぁ。

基本節約生活で、良いものはあまりたべれなかったけど、それでも「かわいい」ものは食べたい女子力のある体育会系の僕。

これは、サンフランシスコの港(Fishermans Wharf付近)で食べれるクラムチャウダー

サクッサクのパンを割ると、中から熱々のクラムチャウダーが!

NYで食べた本場のマンハッタンクラムチャウダーも美味しかったけど、こっちも超美味しい!
まだまだ肌寒いこの季節にピッタリでした!

しかし、サンフランシスコ。
日中はとても暖かかった。

フルハウスで有名なゴールデンゲートブリッジの下には、ビーチがある。
僕はそのビーチに、”とある理由”で足を運んだ。

シンガポールにある植物園「ガーデンズバイザベイ」にあったカルフォルニア園の匂いとは程遠く、僕が期待していたあの甘い匂いはそこにはなかった。


Dear. San Francisco

写真の撮り方も、
ファッションセンスも、
貯金やバイトの仕方も、
人の心を動かす文章も、
海外への憧れも、
「愛」や「家族」の大切さ、
そして、「誠実さ」も。


今あるものぜんぶ。君から教えてもらった。
「人生」において、大切なものは全部。
シンプルに「どうもありがとう」。


それだけを伝えにここまで来た。
それ以上の何ものでもない。

1月のサンフランシスコに靡く風は少し肌寒く、寄せては返す波の音はいつまでも心の中でこだました。


【追記メモ:1/22更新】
もっと、あぁしとけば良かったなって
「後悔」するのは、いつだって”後”になってから。

後ろを振り返ったって「過去」は変えられない。だけど「未来」は変えられる。

未来の俺が、今の俺に後悔しないように、
「今」出来ることを全部やる。
やって 後悔するはずないさ。



【追記メモ:2/10更新】
これはサンフランシスコにいた時に学んだことなんだけど、何かにつまずいた時に、「まず人生なんて”うまくいかなくて当然”」くらいのスタンスでいていいと思う。

誰も経験したことないんだもん。
難しいことだらけなわけよ。

でもね、そんな人生を”うまくしてやろう”って一歩一歩 前へ”向かおうとする意志/進もうとする力”が大切なんだよね。


例えば「ミュージシャン」になろうとしてる若者がいて、なるのはすごく難しいかもしれない。でも、そこに向かっていこうと、進んでいこうとする”強い意志”。これが「All or Nothing」を生む。

いつだって、新しい時代を切り開くパイオニア達は「1」か「0」の瀬戸際で「1」を掴み取る。これが「All or Nothing」。

「自分で選んだ道は後悔するな」じゃなくて、自分で選んだ道なら、意地でも、なんらかの形で”成功”させなきゃいけない。答えはひとつじゃない。ゴールはひとつじゃない。

「All or Nothing」。勝ち取るために、日々 前進...。

父と息子のアメリカ縦断-ファイナル-〜マイアミで爆発予告!FBI 出動要請〜

実を言うと、僕はずっと結婚願望がなかった。

というのも、父を見てきたからだ。

我が家は、というか我が家系はいい意味でも、悪い意味でも”アーティスト揃い”で、

アスリートがいれば、作曲家もいる。
実業家もいれば、発明家、旅人もいる。

肩書きを外したとしても、
いくつになっても挑戦し続ける人間が周りにたくさんいる。


そんな「自由」と呼べる彼らの中でも、
もっとも子供で、自由で、頭のキレる人間が、
僕の父であった。

物心がつくと、我が家に父の姿はなく、
日本語で言うと「別居」という形であったが、離婚はしていなかった。

だから僕には「家」が2つある。
それは小学生の頃からずっと。
「別荘」と呼ばれるものを含めると、山と海にひとつずつ、つまり家は4つあり、そのうちのひとつはビルまるまるだ。

父はこのビルを、彼の城にし、ガレージには数台の車と、バイクがしまってあり、屋上には趣味のゴルフの打ちっ放しが出来るようにグリーンが弾いてある。

なんとも男が憧れる「男像」だ。
テレビもでかいし、これでシアタールームやビリヤードを待ったら、映画の主人公じゃないか。

なんとも「アイアンマン」の「トニースターク」を思い出させる。


つまり、僕は「愛」を知らずに育った子供であった。「夫婦」っていうのは、ドラマや映画の話だけだと信じていた。

父と母とがなぜそのような形なってしまったのか、理由は知らないけど、

今の自分から言わせると、「2人とも子供だったんじゃないかな」って思う。

結婚するのも若く、姉を授かるには、あまりにも経験値不足だったのでは?
と感じる。

子供で、経験値不足で、チャレンジャーで、
そうなるとどうなるか。

「自己中心」になるわけだ。子供ように。

夫婦やカップルというのは、2人で手を取り合って助け合うもの。
それが出来ないから、2人は離れていったのでは?と感じる。

確かに僕は、幼稚園児の頃から、
綺麗な服を着て、お塾に通っていたし、
小学校受験をし、いい私立の学校に入れてもらい、礼儀とかマナーとか、一教養なんかも分かってる。


母と父は仲が悪くとも、
両親は僕のことが好きだし、今となっては、父と親子旅も、母と2人で韓国やハワイなんかも行ったりする。

「育ち」はいいかもしれない。

けど、「家庭環境」は良いとは言い難かった。


そんな父を見ていて、思春期のとき、あれは確か中学1.2年の頃?自然と「誰かと結婚して、その人を幸せに出来ないなら、結婚なんてしなくていーや。」なんて思った。


それから大学2年生まで、結婚願望はなかった。
「手を繋ぐ程度」の付き合いを中高としてきたが、大恋愛には発展せず、3ヶ月程度で別れというおきまりのパターン。
自分の中には「愛」がなかったからだ。

そう。大学1年生のときに、出会った彼女を除いては。


....豪華客船からマイアミに戻り、僕と父はレンタカーを借り、アメリカ”最南端”のキーウェストを目指した。

ここは「セブンマイルブリッジ」と呼ばれ、両サイドは海に囲まれた1本の橋をひたすらまっすぐ向かう。

実はこのマイアミからキーウェストまでの旅。
30年以上前、生まれたばかりの姉を連れ、父と母が車で旅をした道。

幼い頃から、僕はこの話を何度も聞かされて、
ずっと”想像”でしかなかった場所だ。

説明した通り、僕の両親には「愛」はなかったが、聞くところによると、当時は大恋愛していたそうだ。

祖母の差し金で、オハイオに留学していた母に、父は手紙で文通をしていたそう。メールもなかった時代だ。返事に何週間とかかろうが、お互い遠距離を”乗り越え”ようとしていた。


なんともロマンチックだ。
思うに、「愛」とは「乗り越える力」だと思う。
2人の違う人間がひと組のカップルになるってことは、ぶち当たる壁は2倍、いやそれ以上かもしれない。
「壁」っていうのは、お互いのこともそうだし、周囲で起こることだってそう。

遠距離恋愛”や、”言語の壁”もそうだし、”我が子の教育”もそう。
”相手の嫌なところ”をひっくるめても「好き」というのも「愛の力」だし、乗り越える力だ。


神様は、何度も何度も、
「愛の力」を試してくる。そこで乗り越えれれば、「愛」は深まるし、乗り越えられなければ、2人の関係性は終わり「ゼロ」になる。
だから「恋愛」というのは、いくつになったって難しい。

僕の両親には「乗り越えられる力」がなかっただけで、昔はあったようだ。


セブンマイルブリッジで、父とたくさんのことを語った。その中で1番印象的だったのは、

「結局、男は”自分のため”だけに生きるのには限界があり、

それが良かれと思っても、最終的には”自分を必要としてくれる誰か”が必要。」


だということ。
父は長年1人で暮らしていたが、愛犬がいた。
名前は「りゅう」我が家の人気者で、僕も大好きだった。

しかしりゅうは、3年前亡くなった。
人間では80歳だった。

りゅうがいなくなってから、お父さんは少し元気がなくなった。仕事をしていても、ゴルフをしていても、涙が流れたと言っていた。

それから1人でバイクで旅に出たり、僕と沖縄に行ったりと、たくさんインプットして、ようやく気持ちを切り替えたみたいだ。


普段 元気で自由人で、バイタリティーのある人は、なかなか”弱い部分”をさらけ出せない。
しかし”さらけ出せるパートナー”を見つけれると、とことんダメな部分を出すことが出来る。

きっと、りゅうは彼にとって最高の相棒で、
父を心から必要としてくれたのだろう。

僕もそんなパートナーがいたから、父の気持ちがなんとなく分かる。

それから3年。僕が旅をしているこの年に、父は再び犬を飼った。
それもクリスマスに、誰にも相談せずに。笑

この辺が相変わらず自由人で、アメリカに来るまで名前もなかった。
JFKの空港からタイムズスクエアまでの地下鉄で名前はイタリア語で小さいを意味する「ティノ」に、愛称は「チッタ」で、みんなは「チッタ」と呼んでいるそう。


そうなのだ。帰国したら、またひとり家族が増えていて、この辺りも日本に帰る楽しみのひとつだ。

とにかく父は、
自分を必要としてくれる”誰か”が必要だった。

と 考えると、僕はそんな家族を待ちたいし、男なら大黒柱として、ドンっと構えていたい。


たしかに、ジャックスパロウのような「自由気ままに生きるがままに」なスタイルも憧れる。

自分のことだけしてればいいのなら、
結婚などせずに、入ってきた給料を全て自分のために使えばいい。


けど、面白いことに、
同い年の男を見ていても、「結婚しているか」「していないか」で全然違う。
どう考えても、結婚している男性の方が大人なのだ。

やはり「人のために自己犠牲を惜しまない」ってのは、最高に良い人間をつくるスパイスだと思うし、

自分の趣味のためにお金をつぎ込みまくる男性よりも、

子供や奥さんのために汗水垂らして仕事をする。最終的には後者の方が僕は「美学」を感じるし、必要とされ、生きる気力に繋がる。

父が言った通り、「ひとりで生きていくには限界がある」というのも理解できる。

しかし、男には「経験値」が必要で、
ときに孤独を生きねばならない。経験値を蓄えて、大人にならないと、結局 「自己中心」になって家族がバラバラになるか、男が淡々と我慢をして時間を浪費しなければならない。


いつまで経っても、明確な「ライフスタイル」なんて分からないし、

「男の人生」って大変だ。


そりゃ、女性だって大変なこともたくさんあるだろう。僕はこの父との親子旅を終え、この後 サンフランシスコに向かい「フェミニスト」を辞めるけど、やっぱり男の人生は大変だと思う。

言っちゃえば、「男の人生」はギャンブルのようなところもある。

それは、「カジノ」という意味でもなく、ギャンブル。カジノは明確にお金の上がり下がりで「勝ち」か「負け」かって話だが、

「ギャンブル」は「負け」ても、それさえ「糧」に出来る奴は出来るし、最後に笑ったやつ勝ちだ。

セブンマイルブリッジを抜け、キーウェストに着いた僕たち。

ここは有名な「ヘミングウェイ」の家。
どんな偉人だって、当たり前のように家族や地元や友達や好きな料理があると考えると、僕ら人間となんら変わらない。

人はある一定の成果をあげると、
謎のフィルターが掛かる。「あの人だからでしょ?」「この人だからね」って。

でも俺はそんなことないと、思っていて、
スティーブ・ジョブズだって、
マックザッカーバーグだって、
生まれた時はみんな裸なんだよね。

だから、やるかやらないか。
「あの人だからね」で終わらしちゃいけないわけ。


アメリカ”最南端”サウスポイント。
ここから80マイルで「キューバ」がある。
キューバはこの旅で行けなそうにないけど、いつか行ってみたいな。

キーウェストは1泊2日して、マイアミに戻った。個人的にはすごく良い雰囲気でアメリカの中では1番好き。(この後 何度もこのセリフを言う)

帰りのセブンマイルブリッジで見つけた野生のイグアナ。
フロリダはたくさんの野生の動物がいて、ドライブしてても左右は湿地帯で、野生のワニとかいるの!
南下したいくと、看板は人魚のものが多くて、この辺りは「人魚伝説」があるみたい。

というのも、野生のマナフィが生息してるから!海への下水管とかにマナフィが詰まっちゃったりするみたい。

マナフィとダイビングしたかったな。
また俺もお父さんみたいに、キーウェストまでの道を息子とドライブしたいから、そのときに取っておこう。

そういう「時空」を超えた友情に憧れるのは、バックトゥザ・フューチャーファンだからかな??


マイアミは何度も寄ったけど、観光が出来なかったからすごく良かった。

この大人っぽい雰囲気。
ピンク、イエロー、パープル、グリーンの
ネオンが似合うこの街。どこかいやらしく、
セクシーで。ビーチと、カクテルと、高級車と、フラミンゴがよく似合うこの街。

前も話したけど、旅を通して
僕は物欲がなくなったから、何も買わなかったけど、たくさんの高級ブティックが並んでた。

いま僕にあるのは、食欲!
とゆーことで、美味しい石蟹を食べに行った。
めちゃくちゃ美味かった。ドレスコードもある店でガンガン手づかみで食べる旅人。

ますます少年漫画だ。笑

マイアミ滞在中にホテルのすぐ隣の一角が黄色いテープで進入禁止になった。

FBIのどでかいバンも数台現れ、マイアミは一時 騒然に。本物のFBI初めて見たな。本当にGTAの世界...。

アメリカの報道局も訪れ、人がごった返していた。どうやら「爆発予告」があったそうだ。

実はニューヨーク滞在時、地下鉄の事故があった。

んでもって、マイアミ空港に訪れた際は、
同じ日に発砲事件があった。

そして、ここで爆発予告ときた。

ずっと間一髪で巻き込まれてこなかった。


間一髪で自分が巻き込まれていない状況を
よく読むとさ、

「やっぱり人間っていつ死ぬか分からない」んだよね。

プーケット滞在時、テロがあったことも、
コロンビアで同い年のバックパッカーが亡くなった時も、
マザーハウスで目の前でおじいちゃんが亡くなった時も、
もちろん日本で友人が亡くなってしまった時も。

だから、「今」生きてる俺らは、ちゃんと生きなきゃいけない。向き合わなきゃいけない。

大事なことは、正面から「向き合う」ということなんだよね。

自分とも。あの人とも。

マイアミを後にして、僕らはニューヨークに。
最終日は一緒にナイトミュージアム2のロケ地でもある「アメリカ自然博物館」に。


お父さんと博物館に行くなんて、6歳ぶりだな。

あっという間の10日間。父と息子の親子旅だった。
本当にこの親子旅は自分にとって意味のある旅で、

「お父さんさ 23歳に戻ったら、何したい?」なんて質問は、未来の俺が、今の自分にアドバイスしてるような気がして、本当にタメになるし、
やっぱり「行動」は周りがウンザリするほどしていいと思う。

それは、未来でパートナーが出来た時に、
「経験不足」だと、それから「行動」しようとしちゃうから。ってなると、周りに迷惑かけちゃうからね。

誰かを反面教師にするのは、自分を成長させる上でいい手段なのかも。

最後に父は、こんな本を僕に渡した。
「男の器量」。

初めてだ。本を一気読み(一度も止めずに読むこと)をしたのは。
本当に良い旅だったな。さらば父ちゃん。
息子は再び旅に出る。

中南米バハマ!本当の意味での「自由」とは〜父と旅するカリビアンクルーズ・親子旅Ⅳ〜

リビアンクルーズでの生活は、あっという間に過ぎ去っていった。

この船は日中は島に行き、夕方には帰ってくる。もちろん船内には日本語が通じるスタッフも、日本語の説明も何もない。

第二言語が話せない者が乗客していて、
この船が仮に氷河にぶつかれば、たちまちオジャンである。

ということを理解すると、
第二言語」というのは、「泳げる」だとか、「ものをたくさん食べれる」だとか、「体力がある」だとかっていう アビリティーにすぎない。
たまに、英語が喋れるから私は偉い。

と思ってる人がいるが、まぁたしかに、喋れないよりはいい。でも、ただそれだけだ。と僕は思う。

とゆーことで、話は、
26カ国目 中南米バハマ
再び夏がやってきた。ニューヨークは冬だったのに、少し南下するだけでこの気候!

まったく、今年は”春夏秋冬”という常識が通じない面白い1年だ。


バハマはね。本当に良い。
とゆーか、みんなバハマがどこにあるか分かる?

え?分からない??

そんなバハマ!それっ、ここ!バハマ!!

キューバ右上!マイアミの右下!
ちょー小さい国!それがバハマ!!

初日は、バハマのナッソーという港を探索。

ここナッソーは、パイレーツオブカリビアンでジャックが伝説を残している場所!
無人島に到着したエリザベスの口から
「ナッソーの港では...」って言ってるんだよね!

そう。実は僕、めちゃくちゃジョニデファン。
特にパイレーツオブカリビアンは、お父さんと小学生の頃に一緒に見てから大ファンなんです。

でもって、中学まで憧れていた男。
「ジャックスパロウ」

大学に入って、彼女が出来てからは、
純愛なウィルターナー(オーランドブルーム)派になったけど、ここ最近は再び、ジャックスパロウの生き方に憧れている。

彼のような「自由」を愛する孤独の海賊に。

男子諸君。
「こだわり」は捨てるべきだ。



男にとって必要なのは、「こだわり」じゃなくて「美学」や「自分がなりたい姿」。

周りに流されず、自分が「正しい」と思うことをした方がいい。

彼女を愛することが”正しい”と思えば、そうすればいいし、友情を育むことが”正しい”と思えばすればいい。

ただ、何が正しくて、何がそうじゃないか。

レビューや口コミに流されてしまうこの世の中だ。

自分とちゃんと向き合って、周囲に流されず、自分で、「自分の人生」としっかり向き合って、決断してほしい。

自分がやってることが「正しい」と思えない男に”いい人生”はやってこない。

うちの父親がこれだけ自由人なのに、
「ギャンブル」だけはしないところに「美学」を感じる。

父曰く。
「ギャンブルなんて、ぼけぇ〜っと座って、
”神頼み”じゃん。だったら、その時間使って 株や経済のことを勉強した方が、自分のためにもなるし、お金も増える。」

ほほう。これは一理ある。
さすがというべきか、やはりこの辺りは尊敬する。それも、やってみた上でこの決断をしている。というところが尚 良い。

もう一度言うが、

自分がやってることが「正しい」と思えない男に”いい人生”はやってこない。

これは、男旅を終えた僕から言わせていただく、「男の人生」についてのキーポイントだ。

最近、ニッポン男児がなんだかダラしなくて仕方がない。笑
だから、ブログが説教くさくなるから嫌だけど、もし君らの隣に「大切にしなきゃいけない誰か」がいるなら、精一杯大切にしてほしい。

男ってゆー生き物は、失ってから、
その本当の価値を感じるんだ。馬鹿でアホで、
んでもって、”いいやつ”。それが男なんだ。

バハマは、赤道直下にとにかく近くて、めちゃ暑い。
どこからともなく聴こえるレゲエとカラフルな町並みで、すっごい明るい!!

中南米のこの感じ、ものすごく好きだ。


いくら豪華客船といえどwifiがないので、
まずはスターバックスへ。笑

バハマのスタバはどこか薄い。

そして青い。これ、本当に正式なスタバなのか?って思う。笑

イスラエルからパレスチナを旅したときも、「スターアンドバックスコーヒー」っていうゴリゴリのパチモン屋があったの思い出した。

日本人の僕らが思ってるほど、世界はしっかり出来ていない。違法コピー版の映画はたくさん売られてるし、偽物のブランド物の露店だってたくさんだ。

「日本」って国はすごいよ。本当に良く出来てる。それは良い意味でも、悪い意味でもね。
ここに「未完成の美」があるのかどうかは別として。東京はほぼ完成してしまってるからなー!


ナッソーでは、初めてジェットスキーに挑戦!こちらでは、やっぱり値段交渉からスタート。金持ちの日本人だと思われてたけど、最初の言い値の3分の1まで値切ることに成功!

こっちの人の英語って、本当に訛りがひどくて分からない!キューバの方の訛りらしい!

もちろんジェットスキーをしたがったのは父!

若い頃を思い出してやっていた。
時速40kmとか出すと、このまま転んだら吹っ飛ばされるんじゃないかって不安になるが、爽快だ。

アルペンスキーもやっていたこともあり、やっぱり風をきって、スピードを出すこの感じ。たまんなく好きだ。

スキーを離れると、なかなかそのくらいのスリルを味わうことが少ないから、最近 困ってる。


さっき、父親は”若い頃”を思い出してと話したけど、今だって 小学生の頃の話を思い出して飲む酒は美味いのに、それがもっと歳取れば、
「あの時はあぁだったな」って、気持ちいいんだろうな。


僕は、「小学校の頃こんな遊びしたのな」とか
「あの時 怒られて大変だったよな!」とかっていう懐かしい話をするのが好きなので、
やっぱり今のうちに”将来 懐かしい話”が出来るように、アクションを起こして間違いないと思う。

そういう「行動」の繰り返しが、良い人生に繋がってくんじゃないかなって思う。


あ、そうそうナッソーの街には こんな物も。
そう。フリーメイソンのグランドロッヂ!

このロゴ見付けたときは、鳥肌たったな〜!
久々にブログで語るけど、ここのロッヂはインターネットどこを探したって書いてないから本当に価値があると思う。

もうボロボロのロッヂだったし、バハマはイギリスの植民地だったし、この価値はすごいもんだよ。

「価値」ってなんだろうって考えたときに、
=”人が求める数”なんだなって思う。

だから、星野源のライブのチケットは即日完売なわけで、「人が求めてる」わけなんだよね。

あまり都市伝説を口外しなくなったのは、
「自分だけの秘密や見解」を取っておきたいから!価値があるから、逆にここだけはあまり人に語らない方がいいなって思って、あまりブログに書かなくなった。

だって、面白いじゃない”世界の秘密”って。
みんなにもこの秘密を探ってほしいなー!自分の目や足で。

と、街を歩いてると、
クリスマスを一緒に過ごした”旅ギャル”のメグちゃんと、ようこちゃんにバッタリ再会!

やっぱり旅に再会は付き物で、こうやってまたどこかで会えるから、「さよなら」だって寂しくない気がする。


ナッソーの港を離れ、翌日はココケイ島へ。


去年の”沖縄”親子旅に続き、

フィリピン・ボホール島。

そして、バハマ・ココケイ島。

親子旅・島シリーズ第3弾 ‼︎
「島ばっか行っちょるワシらは千鳥か?(大吾風)」

親子で船旅なんて、聞くと沖縄に住んでるニュージーランド人の”ニック”を思い出すな〜!

ニックは最終的にお父さんと喧嘩して、日本に置いてかれたけど、俺はバハマに置いてかれないようにしよー!

この写真 若さしかない。笑

彼がお父さんと世界を船で旅して、
最終地点の日本で喧嘩して置いてかれちゃったニュージーランド人のニックと、その奥さんのアスカさん。

沖縄の美ら海の近くで、ゲストハウスをしていて1人で来た俺とバーベキューとかしてくれたんだよねぇ。彼らの出会いもすごくこの旅と関係あると思う。

やっぱり、世の中には色んな人がいて、
色んな人生があるってことを知るためにも、
人とのコミュケーションは本当に大切だと思う。

ココケイは、ここぞ「アイランド」という言葉がよく似合う美しい島だ。めちゃくちゃ綺麗。
今まで、ハワイを世界1綺麗な海だと思ってたけど、カリブ海の海ってヤバい。

バハマのコイン。
イルカやヒトデととても可愛い柄。

ツアーのパッケージになってるから、この島はどこにいても 美味しいビールやカクテル、ご飯が楽しめる。

もう昼から父と呑んだくれて、ずっと海を眺めてた。

本当の贅沢って「何もしないこと」なのかもしれない。

ボケェっと永遠に続く海を眺めながら。

人には、間違いなく「スイッチ」が必要で、
ずっと頭のキレてる人間なんていない。

うちの父親然り、やっぱり憧れる大人っていろんな顔を持ってる人が多い。

「子供の心」と「大人の心」きっと、このバランスが大切なんだろうな。

ナッソーにもあったけど、こっちの”ストローマーケット”って呼ばれる小さい小物がたくさん売ってるマーケットは面白い!

中南米のお土産はメキシコのように、カラフルですごく可愛い。
マーケットひとつでも、世界には色んなマーケットがあってモロッコのメディナとか、フィリピンのカルボンマーケットとか、

ひとつのことを絞って、その国ごとの比較が出来たりするから(物価とか雰囲気とか)
世界一周ってすごく面白いと思う。

さて、ココケイでゴロゴロして、再び豪華客船へと戻る。


お父さんと合流したことで、今までの旅が180度変わっちゃうような変な感じ。

ある種、父親の役目のひとつとして、
「こういう”世界”もある」って子供に伝えるのも仕事なのかもしれない。

父曰く。
「無知は幸せ」だ。
しかし、「無知は罪」だ。

自分が知らない世界があるのは悲しいことだし、経験値ってのは、本当に男の価値に直結する。

やっぱり人と話したりする上で、
「それを知ってるか」「知らないか」で全然違うそう。さすが、元営業マンなだけある。

俺の周りには、すごい人がいっぱいいる。
でもいつも「スゴイ」で終わるんじゃなくて、
「俺だってやってやる!」ってどこかで気合い入れてる。

いつだって95%の”スゲェ”と5%の”やってやる”で、男は成長していく。

俺が父ちゃんの歳になった時、子供に今以上のものを見せてやれてるかなー!頑張るぞって。

そして、ついに夢のような船旅も終わり。

マイアミの港へ戻ってきました。
黙っていても出てくる豪華な料理に、
ふかふかのベッド、船の上だということを忘れられる環境...。

そんな贅沢な日々で、僕はこんなことを感じました。


”こればっかりは、何でか分かんねぇんだけどさ。

やっぱり、なんでも簡単に手に入っちゃう世界ってつまんないのよ。

頑張って、頑張って、努力して、
やっと手に入れた物と、
なんでか分かんないけど、手に入っちゃった物。

同じ物なのに「幸福度」が違うわけ。感じる物が違うわけ。

だからこそ、自分で働いた金で食べる飯は美味いし、自分で稼いだ金で出来る「旅」は、ひと味もふた味も違う。

別に金持ちになりたいわけじゃない。だけど、ずっと”感じて”いたい。だから俺は努力する。し続ける。”

本当にこれなんだよね。
自分で一生懸命 働いて貯めたお金で買うものと、
急にポーーンって親からもらったお金でポーーーーンって買う同じもの。

「結果」は同じなのに、なんでかな。
前者の方が、すごく意味を感じるんだ。

ここに「人間らしさ」があるのかもしれないね。

それに父ちゃんは気付いていて、
だからこそ、自分のお金で旅をさせたのかな。

僕は”人間らしく”生きていきたいから、
やっぱり「自由」を心から感じ続けたいから、
努力し続けなきゃいけない。

本当の「自由」は「不自由」の中に存在するのかもしれないね。

男旅はついにファイナル。
マイアミから”アメリカ最南端”キーウェストを目指します。