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「声」が出なくなったヨーロッパ後。

実は、ヨーロッパのあと。

ものすごい「ホームシック」に掛かっていた。

昔っから、変に強がりで、
最終的に、よく一匹オオカミになりがちな僕。

ブログやインスタは、もちろん。
人前では、弱い部分を曝けだせない僕。

人を励ますばっかりで、
自分を励ましてくれる人がいない最近。

「ホームシック」はすごく辛く、
なかなか治るのに時間がかかった。

よくよく考えれば、
この旅は初めての「海外ひとり旅」。
いきなりの「世界一周」。

しかも、1年間という長期旅。
ちょいちょい友達や、家族に会ってはいるけど、1年間も日本に帰らない、ましてや実家に帰らない。知らない場所を歩き続ける「旅」は初めてだ。

ホームシックの起爆剤になった理由は大きく2つ!

ひとつめ!姉と一緒にいすぎた!!
「姉と旅したヨーロッパ」でも話したが、約ひと月。身内と一緒にいた。

後半はひと月一緒にいることに、違和感を感じ、「こうやって顔をひと月見合わせたのは初めてだね!」などと言っていたのに、


姉氏。別れ際に大号泣。
「ざみじいぃぃい(さみしい)」と、
鼻水垂らして泣いてたのを今でも覚えている。



そのときは、いつも同様、
「家族だべや〜(笑)」と、笑ってごまかしたが、僕だって実はものすごぐ寂しかった。

だって、こんなに泣いてくれるまで
別れを寂しがる人、久々だったのだ。

世界一周出発日。
実家から、成田空港に車で送ってくれたのは、姉。
実を言うとその前日まで、約5ヶ月ほど掛けて
清澤姉弟始まって以来の大ゲンカをしていた。大きな理由は忘れたが、僕が「姉のスキーへの姿勢」を否定したからだ。

あの時は、彼女のリザルトの一歩奥なんて、全く考えてなかったし、自分の目標に向かって懸命に頑張る人間を否定する”腐った”自分であった。

しかし、さすが姉と言うべきか、「最後の見送り」をしてくれた。
その朝、喧嘩していたからか、少し気まづい空気と土砂降りの空。出発前日に彼女にフラれ、心も暗く、到底「世界を旅する男」の顔でもない。


人生最悪の日だったことを今も覚えている。



その日ちゃんと謝ることが出来なかったので、クラウドファンディングのプロジェクトが始まる前、しっかりと謝った。

僕にはしっかりと謝れる理由があった。

だって今なら、本気で僕も生きていたのだから。本気で夢を叶えようとしているのだから。

「本気」になったとき、自分の過ちがしっかりと見えた。

...姉とのひと月のヨーロッパ旅が終わり、1人ポツンと、オーストリア・インスブルックにいた。

号泣する姉と別れたあと、実は少しだけ、
僕も泣いた。なんでか分からなかったが、小さい頃から特に一緒にいなかったはずの姉との別れがすごく寂しかった。

ホームシックになった要因②

ヨーロッパで、「クリスマスマーケット」に行きすぎた!!!

この時期、良かれと多くのクリスマスマーケットに足を運んだ。

イギリス・ロンドン
ドイツ・ミューヘン
ノルウェーオスロ
オーストリア・インスブルック
イタリア・ローマ
バチカン..etc...

他にも、サンタさんやクリスマスツリーをたくさん見てきた。
これがまずかった。最初は「わぁ〜!素敵!!」「クリスマスツリー可愛い!大きい!!」などとキャピキャピしていたが、

「クリスマス」...辺りを見渡せば、幸せそうな人たちばかり。手を繋ぐカップル。笑う子供たち。暖かそうな家族。

う、うぅ、うぅ、、、
気付かぬうちに僕は、「ホームシック」という泥沼に、自ら足を突っ込んでいた。

僕には、こんな暖かい家族はいないし、
父親は僕を虎の子に育てようとしてる。
なんだか、すごく、寂しくなった。

帰りた〜くな〜ったよ〜

君がい〜る 町にぃ〜〜
(いきものがかり)


い〜まさら帰れないよ〜
あの場所は どんな素敵な思い出も
心にしまっておくべきなのさ。
(清水翔太)

ちなみに、清水翔太の”Home”はパリまでヒッチハイクの旅の最中、家に泊めてくれたサムに出会う前にシャッフルで掛かり、すでに1度号泣している。

とにかく。
「暖かい家族」という心の安らぎを求めていた。それは、自分にとってどこにもないのに。

「自分はどこに帰るべきなのだろう」
「帰る場所が分からない」

この不安が、寂しさに増して、僕を襲った。


12/23
ローマからニューヨークへ向かった。
ニューヨークももちろんクリスマスムード。
海外のクリスマスというのは、カップルのものではなく、「ファミリー」のもの。

むしろ、カップルのためのクリスマスなんて、世界中探したって日本くらいで、
「家族」のイベント。または、宗教的にクリスマス自体祝わない。というのが主だ。

無宗教の国「日本」における”イベント”の意味なんざ、企業の策略でしかないことに気付いた方が良い。意味なんてまったくない。

クリスマスはもちろんのこと、
バレンタインデーになれば、お菓子会社。
ハロウィンはドンキホーテというところだろう。笑

本来なら「イベント」というものには「意味」がある。これを忘れちゃいけないのだ。

...おいおい、ホームシックの話すらズレてるぞ。

ニューヨーク行きの飛行機では、
「ホゥホゥホゥ。機長のサンタクロースです。」というアナウンスが流れた。

ほぅ。これが本場の”アメリカンジョーク”かと、真顔の表情を浮かべた日本人の僕。

とてもじゃないが、笑える精神面ではなかった。

ニューヨークのJFK空港から、市内へは地下鉄で行く。僕がニューヨークへ着いた時、すでに23時頃で、外は真っ暗で、人気も少なかった。

夜中でも電車は動いているのだが、
間隔がものすごく広い。1度電車を逃すと20分ほど待つ羽目になる。



誰もいない薄暗いアメリカ・ニューヨークの地下のホーム。

重たい荷物を床に置き、冷たいベンチに腰を下ろす。

消えたり、着いたりする黄色い電灯。
電車がやって来るであろうトンネルからは、「コォ〜〜〜〜」という風の音が聞こえ、

水滴が落ちる音が、「孤独」という感情を更に大きくする。

この不安な”待ち時間”が僕の精神をさらに削った。


ポタッ、

ポタポタッ、

これは、トンネルから垂れる雨水の音ではない。

気付けば、僕の膝は大きく湿っていた。

「なんで、こんなことしてるんだろう。」さえも思ったが、世界一周初日の孤独感ほどではなかったと感じる。


自分がこの広い宇宙でたった1人になったかのような「孤独感」と、ホリデーシーズン真っ盛りで聴こえてくるクリスマスソングのコントラストが僕を襲い続けた。


その日からサンフランシスコ滞在時まで、
「集団」に混じっては、孤独感を和らげ、
しかし、長く集団が続くわけでもなく、
いつかはこの孤独感と向き合わなければならない日が来る。または、日本への帰国。ということを頭のどこかで理解していた。

「ホームシック」
...その響きは どこか幼稚く、子供がかかる病気だと思う大人の方が多いかと思う。

しかし、言語も通じず、
本当の意味での「安全」なんて保証はどこにもなく、
まったく知らない世界を、
初めて、人生初めて、
23歳ないし、その歳に旅してみろ。

必ずその”心の病”に掛かってしまうだろう。
特に、僕の「あまちゃん」とされるバックグラウンドがあってみろ。

なっても、何もおかしくない。
とゆーか、なって当然だ。

という僕の中の声から、
こういった”弱いところ”を書いている。

人なんて、弱いなんて当たり前だ。
弱くて何が悪い!

で、こうやって「自分にいっぱいいっぱい」になっちゃうと、


「声」ってなかなか出ない。
これは言い訳に聞こえるかもしれない。
これは甘えに聞こえるかもしれない。


だから、”アウトプット”がなかなか出来なくなった。
寂しさを和らげるために、”インプット”し続けた。
女性が失恋して、泣ける映画を見まくるアレと同じだ。心に余裕がないと、アウトプットって出来ない。

心がいっぱいいっぱいで、リセットしたいときは、みんな映画を観たり、他のことをして気持ちを入れ替えるでしょ。


その時間が必要だった。
でも、すでに”自己ブランディング”ってものが僕にはあった。

「元気」で「ポジティブ」で「明るく」「前向き」な清澤 一輝がインターネットの世界にはいた。

人間、当たり前だけど「1mmも落ち込まない人」なんて、世界中探したっていない。

だけど、そんな落ち込んでる姿、
弱い姿、弱音を吐いてる姿、見せれる場所がなかった。

それが辛くて辛くて。

だから芸能人の方ってすごいと思う。
プライベートで、どんなに辛いことがあっても、お仕事では、”出来上がった自分”ってのを演じなきゃいけない。

それが、どんなに自分にいっぱいいっぱいでも。だ。

「芸能人の辛さ」なんて、なかなか気付くことなんて出来ない。

そんなことに気付いたので、実際に”芸能人”としてお仕事をしている友達に、近い解決策があるんではないかと相談した。


彼女いわく「自分でその道を選んだものであり、自分は人とは違う特別な道を選んだ」ということを言っていて、最後にこんな言葉をいただいた。


「旅は自分のためでもあり、誰かのためにもなっている。」


そうだ。そうだった。
自分の人生を変えるべく、自分のために始めた「旅」。何かひとつの特技を駆使して旅をしてるわけでもないのに、いろんな人から応援していただいて、僕の投稿を見て、旅に出たくなったなんて声も毎日もらってる。

世界中のどこかで、誰かが、僕の声で元気になってる。旅は自分のためでもあり、誰かのためにもなっている。

そしてもうひとつ。

「悲しいこと」とか「辛いこと」

そういう感情を知るから、
人はまたひとつ、優しくなれるのかもしれない。

相手の気持ちが分かるようになるのかもしれない。

そうだった。俺には上っ面だけじゃなくて、ちゃんと背中を押してくれる友達がたくさんいた。

日本に帰ったら、みんなに会いに行こう。そしてちゃんと「ありがとう」って伝えよう。


この旅を通して、俺は優しくて、強くて、器のでかい男になりたいんだった。


”感受性”がものすごい、
笑ったり、泣いたり、喜んだり、落ち込んだり、人間味の強い私。

落ち込んだって、弱くたっていい!かっこ悪くたって全然構わない!


それって「人間らしさ」だから!


何も悪くない!
そんなことから、「弱音を吐く」という表現よりは、「より人間らしく」ということが分かってきた。

結局、いつまでも人にくっ付いていても、
ホームシックはずっと治らない。

クリスマス、年越し、お父さんと旅したカリビアン、ずっと誰かのそばにいようとして、
俺の見送りに来てくれた親友の男友達と毎日電話してたけど、向き合わなきゃいけない。

そろそろ乗り越えなきゃいけない。
問題は解決しなきゃいけない。


そう思って、僕はようやく「旅人」に戻れた。