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父と息子のアメリカ縦断-ファイナル-〜マイアミで爆発予告!FBI 出動要請〜

実を言うと、僕はずっと結婚願望がなかった。

というのも、父を見てきたからだ。

我が家は、というか我が家系はいい意味でも、悪い意味でも”アーティスト揃い”で、

アスリートがいれば、作曲家もいる。
実業家もいれば、発明家、旅人もいる。

肩書きを外したとしても、
いくつになっても挑戦し続ける人間が周りにたくさんいる。


そんな「自由」と呼べる彼らの中でも、
もっとも子供で、自由で、頭のキレる人間が、
僕の父であった。

物心がつくと、我が家に父の姿はなく、
日本語で言うと「別居」という形であったが、離婚はしていなかった。

だから僕には「家」が2つある。
それは小学生の頃からずっと。
「別荘」と呼ばれるものを含めると、山と海にひとつずつ、つまり家は4つあり、そのうちのひとつはビルまるまるだ。

父はこのビルを、彼の城にし、ガレージには数台の車と、バイクがしまってあり、屋上には趣味のゴルフの打ちっ放しが出来るようにグリーンが弾いてある。

なんとも男が憧れる「男像」だ。
テレビもでかいし、これでシアタールームやビリヤードを待ったら、映画の主人公じゃないか。

なんとも「アイアンマン」の「トニースターク」を思い出させる。


つまり、僕は「愛」を知らずに育った子供であった。「夫婦」っていうのは、ドラマや映画の話だけだと信じていた。

父と母とがなぜそのような形なってしまったのか、理由は知らないけど、

今の自分から言わせると、「2人とも子供だったんじゃないかな」って思う。

結婚するのも若く、姉を授かるには、あまりにも経験値不足だったのでは?
と感じる。

子供で、経験値不足で、チャレンジャーで、
そうなるとどうなるか。

「自己中心」になるわけだ。子供ように。

夫婦やカップルというのは、2人で手を取り合って助け合うもの。
それが出来ないから、2人は離れていったのでは?と感じる。

確かに僕は、幼稚園児の頃から、
綺麗な服を着て、お塾に通っていたし、
小学校受験をし、いい私立の学校に入れてもらい、礼儀とかマナーとか、一教養なんかも分かってる。


母と父は仲が悪くとも、
両親は僕のことが好きだし、今となっては、父と親子旅も、母と2人で韓国やハワイなんかも行ったりする。

「育ち」はいいかもしれない。

けど、「家庭環境」は良いとは言い難かった。


そんな父を見ていて、思春期のとき、あれは確か中学1.2年の頃?自然と「誰かと結婚して、その人を幸せに出来ないなら、結婚なんてしなくていーや。」なんて思った。


それから大学2年生まで、結婚願望はなかった。
「手を繋ぐ程度」の付き合いを中高としてきたが、大恋愛には発展せず、3ヶ月程度で別れというおきまりのパターン。
自分の中には「愛」がなかったからだ。

そう。大学1年生のときに、出会った彼女を除いては。


....豪華客船からマイアミに戻り、僕と父はレンタカーを借り、アメリカ”最南端”のキーウェストを目指した。

ここは「セブンマイルブリッジ」と呼ばれ、両サイドは海に囲まれた1本の橋をひたすらまっすぐ向かう。

実はこのマイアミからキーウェストまでの旅。
30年以上前、生まれたばかりの姉を連れ、父と母が車で旅をした道。

幼い頃から、僕はこの話を何度も聞かされて、
ずっと”想像”でしかなかった場所だ。

説明した通り、僕の両親には「愛」はなかったが、聞くところによると、当時は大恋愛していたそうだ。

祖母の差し金で、オハイオに留学していた母に、父は手紙で文通をしていたそう。メールもなかった時代だ。返事に何週間とかかろうが、お互い遠距離を”乗り越え”ようとしていた。


なんともロマンチックだ。
思うに、「愛」とは「乗り越える力」だと思う。
2人の違う人間がひと組のカップルになるってことは、ぶち当たる壁は2倍、いやそれ以上かもしれない。
「壁」っていうのは、お互いのこともそうだし、周囲で起こることだってそう。

遠距離恋愛”や、”言語の壁”もそうだし、”我が子の教育”もそう。
”相手の嫌なところ”をひっくるめても「好き」というのも「愛の力」だし、乗り越える力だ。


神様は、何度も何度も、
「愛の力」を試してくる。そこで乗り越えれれば、「愛」は深まるし、乗り越えられなければ、2人の関係性は終わり「ゼロ」になる。
だから「恋愛」というのは、いくつになったって難しい。

僕の両親には「乗り越えられる力」がなかっただけで、昔はあったようだ。


セブンマイルブリッジで、父とたくさんのことを語った。その中で1番印象的だったのは、

「結局、男は”自分のため”だけに生きるのには限界があり、

それが良かれと思っても、最終的には”自分を必要としてくれる誰か”が必要。」


だということ。
父は長年1人で暮らしていたが、愛犬がいた。
名前は「りゅう」我が家の人気者で、僕も大好きだった。

しかしりゅうは、3年前亡くなった。
人間では80歳だった。

りゅうがいなくなってから、お父さんは少し元気がなくなった。仕事をしていても、ゴルフをしていても、涙が流れたと言っていた。

それから1人でバイクで旅に出たり、僕と沖縄に行ったりと、たくさんインプットして、ようやく気持ちを切り替えたみたいだ。


普段 元気で自由人で、バイタリティーのある人は、なかなか”弱い部分”をさらけ出せない。
しかし”さらけ出せるパートナー”を見つけれると、とことんダメな部分を出すことが出来る。

きっと、りゅうは彼にとって最高の相棒で、
父を心から必要としてくれたのだろう。

僕もそんなパートナーがいたから、父の気持ちがなんとなく分かる。

それから3年。僕が旅をしているこの年に、父は再び犬を飼った。
それもクリスマスに、誰にも相談せずに。笑

この辺が相変わらず自由人で、アメリカに来るまで名前もなかった。
JFKの空港からタイムズスクエアまでの地下鉄で名前はイタリア語で小さいを意味する「ティノ」に、愛称は「チッタ」で、みんなは「チッタ」と呼んでいるそう。


そうなのだ。帰国したら、またひとり家族が増えていて、この辺りも日本に帰る楽しみのひとつだ。

とにかく父は、
自分を必要としてくれる”誰か”が必要だった。

と 考えると、僕はそんな家族を待ちたいし、男なら大黒柱として、ドンっと構えていたい。


たしかに、ジャックスパロウのような「自由気ままに生きるがままに」なスタイルも憧れる。

自分のことだけしてればいいのなら、
結婚などせずに、入ってきた給料を全て自分のために使えばいい。


けど、面白いことに、
同い年の男を見ていても、「結婚しているか」「していないか」で全然違う。
どう考えても、結婚している男性の方が大人なのだ。

やはり「人のために自己犠牲を惜しまない」ってのは、最高に良い人間をつくるスパイスだと思うし、

自分の趣味のためにお金をつぎ込みまくる男性よりも、

子供や奥さんのために汗水垂らして仕事をする。最終的には後者の方が僕は「美学」を感じるし、必要とされ、生きる気力に繋がる。

父が言った通り、「ひとりで生きていくには限界がある」というのも理解できる。

しかし、男には「経験値」が必要で、
ときに孤独を生きねばならない。経験値を蓄えて、大人にならないと、結局 「自己中心」になって家族がバラバラになるか、男が淡々と我慢をして時間を浪費しなければならない。


いつまで経っても、明確な「ライフスタイル」なんて分からないし、

「男の人生」って大変だ。


そりゃ、女性だって大変なこともたくさんあるだろう。僕はこの父との親子旅を終え、この後 サンフランシスコに向かい「フェミニスト」を辞めるけど、やっぱり男の人生は大変だと思う。

言っちゃえば、「男の人生」はギャンブルのようなところもある。

それは、「カジノ」という意味でもなく、ギャンブル。カジノは明確にお金の上がり下がりで「勝ち」か「負け」かって話だが、

「ギャンブル」は「負け」ても、それさえ「糧」に出来る奴は出来るし、最後に笑ったやつ勝ちだ。

セブンマイルブリッジを抜け、キーウェストに着いた僕たち。

ここは有名な「ヘミングウェイ」の家。
どんな偉人だって、当たり前のように家族や地元や友達や好きな料理があると考えると、僕ら人間となんら変わらない。

人はある一定の成果をあげると、
謎のフィルターが掛かる。「あの人だからでしょ?」「この人だからね」って。

でも俺はそんなことないと、思っていて、
スティーブ・ジョブズだって、
マックザッカーバーグだって、
生まれた時はみんな裸なんだよね。

だから、やるかやらないか。
「あの人だからね」で終わらしちゃいけないわけ。


アメリカ”最南端”サウスポイント。
ここから80マイルで「キューバ」がある。
キューバはこの旅で行けなそうにないけど、いつか行ってみたいな。

キーウェストは1泊2日して、マイアミに戻った。個人的にはすごく良い雰囲気でアメリカの中では1番好き。(この後 何度もこのセリフを言う)

帰りのセブンマイルブリッジで見つけた野生のイグアナ。
フロリダはたくさんの野生の動物がいて、ドライブしてても左右は湿地帯で、野生のワニとかいるの!
南下したいくと、看板は人魚のものが多くて、この辺りは「人魚伝説」があるみたい。

というのも、野生のマナフィが生息してるから!海への下水管とかにマナフィが詰まっちゃったりするみたい。

マナフィとダイビングしたかったな。
また俺もお父さんみたいに、キーウェストまでの道を息子とドライブしたいから、そのときに取っておこう。

そういう「時空」を超えた友情に憧れるのは、バックトゥザ・フューチャーファンだからかな??


マイアミは何度も寄ったけど、観光が出来なかったからすごく良かった。

この大人っぽい雰囲気。
ピンク、イエロー、パープル、グリーンの
ネオンが似合うこの街。どこかいやらしく、
セクシーで。ビーチと、カクテルと、高級車と、フラミンゴがよく似合うこの街。

前も話したけど、旅を通して
僕は物欲がなくなったから、何も買わなかったけど、たくさんの高級ブティックが並んでた。

いま僕にあるのは、食欲!
とゆーことで、美味しい石蟹を食べに行った。
めちゃくちゃ美味かった。ドレスコードもある店でガンガン手づかみで食べる旅人。

ますます少年漫画だ。笑

マイアミ滞在中にホテルのすぐ隣の一角が黄色いテープで進入禁止になった。

FBIのどでかいバンも数台現れ、マイアミは一時 騒然に。本物のFBI初めて見たな。本当にGTAの世界...。

アメリカの報道局も訪れ、人がごった返していた。どうやら「爆発予告」があったそうだ。

実はニューヨーク滞在時、地下鉄の事故があった。

んでもって、マイアミ空港に訪れた際は、
同じ日に発砲事件があった。

そして、ここで爆発予告ときた。

ずっと間一髪で巻き込まれてこなかった。


間一髪で自分が巻き込まれていない状況を
よく読むとさ、

「やっぱり人間っていつ死ぬか分からない」んだよね。

プーケット滞在時、テロがあったことも、
コロンビアで同い年のバックパッカーが亡くなった時も、
マザーハウスで目の前でおじいちゃんが亡くなった時も、
もちろん日本で友人が亡くなってしまった時も。

だから、「今」生きてる俺らは、ちゃんと生きなきゃいけない。向き合わなきゃいけない。

大事なことは、正面から「向き合う」ということなんだよね。

自分とも。あの人とも。

マイアミを後にして、僕らはニューヨークに。
最終日は一緒にナイトミュージアム2のロケ地でもある「アメリカ自然博物館」に。


お父さんと博物館に行くなんて、6歳ぶりだな。

あっという間の10日間。父と息子の親子旅だった。
本当にこの親子旅は自分にとって意味のある旅で、

「お父さんさ 23歳に戻ったら、何したい?」なんて質問は、未来の俺が、今の自分にアドバイスしてるような気がして、本当にタメになるし、
やっぱり「行動」は周りがウンザリするほどしていいと思う。

それは、未来でパートナーが出来た時に、
「経験不足」だと、それから「行動」しようとしちゃうから。ってなると、周りに迷惑かけちゃうからね。

誰かを反面教師にするのは、自分を成長させる上でいい手段なのかも。

最後に父は、こんな本を僕に渡した。
「男の器量」。

初めてだ。本を一気読み(一度も止めずに読むこと)をしたのは。
本当に良い旅だったな。さらば父ちゃん。
息子は再び旅に出る。