ここが僕の旅のゴール / "覚悟"とは〜アメヨロちゃんと回るラパスの街〜
僕は"天空の鏡ばり"が有名な「ウユニ塩湖」を後にし、夜行バスでラパスへ向かった。
「死ぬまでに見たい絶景」ってこういうこと言うんだな。と、改めて思う地であった。
「絶対また戻ってきたい!」って大きな声で叫びたいけど、実はこの鏡張りが見れるのはあと推定7年みたい。
理由は、人間が山の麓から泥を持って来てしまい、塩湖が茶色くなり始めているから。
自分もその”人間の内のひとり”なんだけど、
それを止められるのも”人間”なんだと思う。
壊すのも人間、解決するのも人間。
世の中を見て、考えれば考えるほど、
「絶対的な真理」だど何もないことに気付く。
「ウユニ」と聞けば、もちろん、このウユニ塩湖を想像するだろう。 けど僕がオススメしたいのは、こちら。「列車の墓」だ。
実はウユニは塩湖だけじゃなくて、廃線された線路を伝っていくと、「列車の墓」と呼ばれる場所に辿り着く。
こんな感じで「果て」しない。
本当に"WORLD END/世界の端っこ"に来たような感覚になる。
途中で、牛の頭とかも落ちてたりする。
本当に"荒野"ってこういうことをいう。
この荒野を辿っていくと、「列車の墓場」がある。
そこには何十っていう使われなくなった開拓時代の英雄たちが投棄されてて、永遠に続く荒野にポツンと佇む、彼らの姿はどこか切なかった。
乾燥した空気がびゅぅっと頬をかすめた。
「生きる」ってなんだろう。
ごくたまに、大きすぎる自然の前に、その問いを深く考える自分がいる。
きっと今は、まっすぐ前に進むしかない。
"荒野"には道がない。自分だけの道しかない。
そうなってくると、「地図」が必要だ。
どこを目指しているのか、分からなくなってしまったときために"心の地図"が必要だ。
地図を手にしようが、いくら準備をしてようが、自然の摂理で、いつしか日は暮れ、荒野には「夜」が訪れる。
夜は危険だ。
道に迷いやすいし、サソリや蛇といった、
命に関わる生物が出てくる。
そうなった時にだ。絶体絶命と思われる時に、何が必要か。僕はこの旅で幾度となく、困難に立ち向かってきた。何が、僕を困難から抜け出してきたか。
それは「覚悟」だ。
では、「覚悟」とは何か。
「覚悟」とは、暗闇の荒野の中でも、一本の光を信じ、突き進むことだと僕は思う。
困難を乗り越えるには、自分自身を"信じること"だ。
たとえ、人と違ってようが関係ない。
今までだって、そうだったじゃないか。
みんなが口々に「イイネ!」と言う、"人と違った人生"を選択するというのは、簡単なことじゃない。
世界一周だってそうだ。
フリーランスだってそう。
誰のせいにもできないからだ。
...でもよく考えてほしい。
「人と同じ人生」なんて、そもそもない。
どうせ”自分の決断”に従うしかないのなら、
”自分の選んだ道”に自信を持って、
時にビビっても、後ずさりしそうになっても、まっすぐ前見て。「心のコンパス」に従って。
「心の地図」を信じて。
やりたいこと、なりたい姿に向かって、
ドンドン進んでいこう。
それが、"荒野を突き進む"という意味だ。
10年後。20年後。やらずに後悔したって、
誰も慰めてくりゃしない。
だったら、今から。
「ミライ」を創っていくしかないんじゃないか。
そんなことを列車の上で考えていると、ある落書きを見つけた。
”世界の果て”にあった「BABY・K」
外国の友達に”Kazuki”って呼びづらいね!
ってことから、イニシャルを取って つくってもらったイングリッシュネーム”KEI”。
そのままライターのペンネームにもなり、今では(旅を終えた後でも) KEIとして仕事が来るようにもなりました。
この旅で出会った仲間はみんな「KEI」って呼んでくれてるんだ。
そんな愛着のあるニックネームの落書きが、”列車の墓”にあって超 嬉しかった。
男って「決断力」「行動力」「経験値」
この3つの”K”が必要。
良い”決断”を産むには、豊富な”経験値”。
経験値を積むには、行動力が必要なわけだ。
この3つのKを育てるのは、まさに「旅」だと思っている。
そんな3つの”K”の意味も含まれてる”KEI”
これからも大切にしていきたい。
...僕の旅の目的地は、ここ。
「ウユニ」であった。はじめて、ウユニ塩湖を知った時、心から訪れてみたいと感じた。
この、僕が生きてる惑星「地球」には、こんなに美しい場所がどこかに紛れもなく存在する。
僕は、そんなことも知らずに、
生きていく。本当は心から、見てみたい。感じてみたい。そんな「したいこと」から目を背けて、出来ない理由ばかり探しているって、
"単なる時間の浪費"なんじゃないか。当時の僕はそう思っていた。
そして、ようやく。ここにこうして来れた。
10ヶ月の間、リュックひとつで世界を旅してきた。ちょうど、ペルーのクスコでシャーマンと果てのない旅をしてきた時に見た景色。
「WORLD END」はこんな、果てのない、
「終わりがないのが、終わり」のような場所であった。
「ここを 旅の終着点としよう。」
言葉にしなかったけど、心の中では"ここが終点"だと頭で理解していた。
..."プシューーーッ"
バスが止まった後で目を覚ますと、
ラパスへ到着していた。
僕は再びヨーロッパへ戻るために、標高3500m以上ある街、ラパスへ戻ってきたのだ。
ウユニで出会い、夜行バスでラパスへ一緒に向かってきた彼女たちを見ると、移動の疲れもあってか、あまり顔を見せたがらなかった。
「じゃあ!ここで。俺は飛行機があるから、このまま空港へ向かうよ」
「フライトは何時と?(博多弁)」
「夜の12時過ぎかな!」
「じゃあ、それまで私たちのホテルで待っとったらいいっちゃん!」
...お言葉に大甘えさせていただいた。
そんな優しい女子6人組(通称 アメヨロちゃん)は、なんと卒業旅行で10日ほど南米を旅していた。
そのうちの1人、リナと仲良くなり 僕はここまで一緒にやってきたわけだが、当の本人は高山病でこの日1日 寝込んでいた。僕は気にかけて、様子をよく伺いに行っていたが、この時 その後リナとお付き合いするとは思いもしなかった。
彼女たちはとにかくパワフルで20歳の時に、大きなキャンピングカーを借りて、アメリカを横断したそう。しかも、普段から仲がいいわけではなく、その横断をキッカケに仲が良くなったそうだ。
「女子6人ってケンカしないの?」って思う人もいるだろう。彼女たちは1度もケンカをしたことがないそうだ。
お金を管理する係、
スケジュールを管理する係、
ホテルを予約する係、
料理をつくる係、
それぞれが自立して、わざわざ全員に確認しなくても、お互いを信頼して任せきっている。
表現するなら「女海賊」だ。
そんな女海賊と一緒に、ラパスの街を探索した。ラパスといえば有名なのが、日本食「けんちゃん」。
世界を旅すると分かる。
世界中にある"美味しい日本食屋"は有名になる。というのも、旅人に出会い、〜〜へ行くことを話すと、
「〜〜行くの?じゃあ、あそこの日本食屋行った方がいいよ!」と話になる。
旅人のみんなには、あるあるな話だろう。
僕は親子丼を注文!
この日本食が旅人の体力を全回復させる。
やっぱり、自分の国の料理が一番しっくりくる。長い目で見てもこんなに美味しい食べ物は他にない。
その後 ホテルに帰って、
アメヨロちゃん達と トランプをしながら、
「旅の良さ」だったり、今まで経験してきたこと、失恋の話、どうなっていたいか。そんな話をしていた。
僕はずっと、人前で話したり、会話の中心になって話すことはなかったけど、この時 気付いた。
なんだか"自分の意見や思い"を 話せるようになってると。
英語やタイ語、今まで"言語が完璧に分からなくて" おどおど話すことはあったけど、
母国語の「日本語」くらい、自分が完璧に使える言葉くらいは自信を持って話そう。と。
"意見"は僕の経験を通した考えだし、
ひとつの意見を完全に否定できる人間なんて、この世にいないと思う。"私とは違う"というのは、「否定」ではない。
彼の、彼らの意見も、もちろんあるという"尊重"だ。
みんなの部屋から見た、ラパスの夜景。
リナは寝込んでいたけど、ウユニで奇跡的に会えたみんなと仲良くなれて良かった。
「福岡・博多かぁ、まだ九州は行ったことないな。
...世界一周が終わったら、みんなに会いに行くよ!」
世界に旅立ったのに、気付けば日本中に友達が出来ていた。それってすごいことだ。
僕はみんなに別れを告げ、ウユニ塩湖で塩まみれになったジーンズのまま42時間かけヨーロッパへ帰った。
「帰ったら福岡行かなきゃな。」
機内でつぶやいたこの独り言が、やがて思わぬ形で現実のものになるとはこの時 思ってもみなかった。